第7話 言葉の神格体——ヴェラット——

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第7話 言葉の神格体——ヴェラット——

 しばらくしてコン、コンとノックが鳴り響く。  俺の記憶が正しければ会議室にいたのは俺を除いて八人。そのうち自己紹介で部屋を訪れてくるのは六人で、カイニス、ライナリーヴァ、イーピ、カンフィで四人。  つまり、あと二人だけだ。 「はい」  俺は今度はどんな個性を持つ人が現れるのか、と構えてドアを開けると、そこに立っていたのはメイド服に身を包んだ黒髪の女性だった。 「こんにちは」 「こんにちは……」  メイド服というのは個性的だが勝手に部屋に入るようなことをせず、ライナリーヴァのようなまともさを感じる。  良かった、とりあえず普通に話せそうだ。 「中、どうぞ」 「ありがとう」  立ち話もなんだからと部屋に招いて椅子へと促す。俺はベッドに座った。 「自己紹介、ね。他の皆がどうしていたか分からないから、私から自己紹介してもいい?」  俺が頷くと、メイド服の女性は微笑んだ後に口を開いた。 「私は使用人の神格体、ヴェラット。その言葉の通り、(ゾイ)は生活を送る上での雑務全てをこなせるの」  ヴェラットと名乗った女性はそこで再度微笑む。  全体的に丸みを帯びた首元までの黒髪。顔が整っているのは言うまでもなく、吊り目でも垂れ目でもない目。黒い瞳や睫毛は人間味を感じ、綺麗な女性という印象が強い。  洋風のメイド服なのか、地面につかない程度のスカートは上品さを感じさせる。立ち振る舞いや所作もそれっぽく、まともな神格体だと判断する。 「神力(セオス)は雑務の効率が上がる程度で、君の旅に同伴することはできない神格体だから雑務をこなしてくれる人程度に思ってくれると助かるよ」 「俺の旅って、聞いていいのか?」 「あ、いけない。それはマスターから伝えられることだから、また後で」  ヴェラットにもイトから余計なことを言わないようにと口止めされているのか。おそらく自己紹介が終わってから伝えられるだろうから今は気にしなくていい。 「名前、ココノエヤトだよね。ヤト君って呼んでいいかな」  俺はそれに頷く。 「じゃあヤト君。自己紹介に来た神格体達の名前って覚えてる?」  その質問にどんな意図があるのか分からないが、俺は一人ずつ名前を言っていくことにした。 「エイレネ、カイニス、ライナリーヴァ、エピ……イーピ。あとカンフィと……桐生イトだな、ここで会ったのは」 「わあ、すごい。エピキノニアはイーピでいいよ、皆イーピって呼んでいるから」  あぁそうだ、エピキノニアだ。あだ名で覚えていたから本当の名前を思い出せなかった。 「結構個性的な人が多かったかな。疲れているように見えるよ」 「いつも皆あんな感じなのか?」 「うん、たぶん。でも次の神格体が一番手を焼くかもしれない」 「……はぁ」 「あははは」  カンフィより手を焼くと考えると溜息をつかざるを得ない。 「でも次で最後だよね。一旦お疲れ様、私の時間はゆっくり休んで」 「……」 「どうしたの? そんなにこっちを見て」 「……まともすぎて、逆に疑心暗鬼になってる」  そう言うとヴェラットはもう一度笑った。  まともかまともでないかを選ぶのならライナリーヴァを含めてまともじゃない。だからこそ疑い深くなってしまっている。 「私は人間じゃないから人間らしさは分からないけど、まともだと言ってもらえるのなら嬉しいことだね」 「本性を隠したりしてないよな?」 「本当に疑心暗鬼だ。大丈夫、私はただの使用人だよ」  実際、まともじゃなかったとしても付き合っていかなければならないのだが。そう考えると無駄な問答か。 「さて、まだ時間はあるけどもう行こうかな」  そう言ってヴェラットは立ち上がる。  時間制限があるのか、と時計を見る。そういえばエイレネが三十分と定められていると言っていたな。 「ヤト君が休む時間にもなるし、私が雑務をする時間にもなる。それにお互いを知るのは時間をかけていくものだと思うから」  俺としても無理に会話を続けて知るよりこれから時間をかけて知る方が楽だ。何より次の神格体が厄介なことを知ってしまったから休みたい気持ちもある。 「じゃあこれからよろしくね、ヤト君」  そう言って小さく手を振るヴェラットを見送って、俺は最後の神格体が来るまでベッドで寝転がることにした。
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