第6話 座って寝る方がよく寝れるタイプ

1/1
前へ
/38ページ
次へ

第6話 座って寝る方がよく寝れるタイプ

 Ⅰ 「……」 「……」  美味しい。創作された世界だから食事も異様なものがあるかもしれないと思っていたが、決してそんなことはない。  テーブルに広がる提供された食事の数々。柔らかく、フォークをいれると肉汁が溢れ出すハンバーグと牛肉特有の旨味と深みがあるシチュー。グラスを満たす水も冷たく、口に残る食事の味と混ざらず喉を通り過ぎる。  本当なら美味しい食事に喜んでいるところが、部屋は気まずい雰囲気が漂っていた。 「ごちそうさまです」 「ごちそうさま」  その理由は明確。ベッドが一つしかなく、別の寝床を確保することができなかったからだ。  夕食を運んできたのはプロティフィアではなく城の使用人で、布団がないか聞いても使用人は命令されたこと――つまり食事を運ぶこと以外をする権利はない、と謝罪を残していった。  あれから俺とエイレネは風呂を済まし、食事も済んだ。もう時間がかかる就寝の準備はなく、寝るのみ。 「は、歯磨きします?」 「……するか」  ずっとこんな感じだ。寝る、となるとベッド問題が生じることで気まずい。互いにそのことに触れず、引き延ばすことで諸々の行動が遅くなっている。  こういう時、カンフィだったら楽だったな。アイツなら真っ先にベッドを取り、「あたしの言うこと順守なんだから、床で寝なさい!」とか言って大人しく床で寝れるのに。 「はい、歯磨き粉です」 「ありがとう」  洗面台に置いてあった歯ブラシを袋から出し、水に濡らす。先に歯磨き粉を付けていたエイレネから手渡しされ、歯ブラシに付ける。  しゃかしゃか、しゃかしゃかと歯ブラシが歯を擦る音。あぁ、これすらも気まずい。  俺の中にベッドで寝るという考えはない。しかし俺が単純にベットを譲ったらエイレネは遠慮して俺に譲ろうとする、の繰り返しになる未来が見える。  そもそも俺とエイレネの関係は曖昧だ。エイレネのマスターは桐生イトであり、俺はこの世界でこそマスターと呼ばれているが実際には数日前に出会ったばかりの存在。  とは言ってもいつまでもこうしているわけにはいかない。エイレネだから適当な理由をつければ納得するだろう。 「なぁ」 「ふぁい?」  俺は思い切って言うことにした。 「ベッドで寝てくれ」 「いえ、ふぉんな! まふたーがべっふぉで」 「何言ってるか分からない」  するとエイレネはペッと吐き出して、 「マスターがベッドで寝てください! 私は床で寝ますので」  予想通り。エイレネはポンコツの印象がある。しかし、それ以上にお人好しで優しい。 「おま……エイレネは知らないかもしれないけど俺は座って寝る方がよく寝れるんだよ」 「へっ? う、嘘です!」 「嘘じゃない。人間には横になって寝る方が心地よい人間と座って寝る方が心地よい人間がいるんだ」  まぁ、嘘ではない。座ってる方が心地よいと思う人間はどこかにいるかもしれないからな。 「さっきから気まずそうにしてるが言っておこうと思って。そういうことだ」  俺は口に溜まる泡立つ歯磨き粉を吐き出し、歯ブラシを水に濡らして指で(ゆす)ぎ、何か言われる前に洗面所を後にした。 「早く寝るか」  洗面所から帰ってきたら何か言われそうだし、帰ってくる頃にはもう寝る体勢で軽く返答する程度にしておこう。  俺は椅子に座り、体に負担がかからない体勢を見つけて試行錯誤。寝る体勢を見つけたと同時にエイレネが洗面所から帰ってきた。 「マスター? ……マスター?」 「……」 「その……電気、消しますね」 「あぁ、頼む」  パチ、と電気のスイッチが押されると共に部屋が若干暗くなる。シャッという音が聞こえたかと思うと部屋は完全に暗くなった。おそらくエイレネが窓のカーテンを閉めたのだろう。 「おやすみなさい」 「……おやすみ」  巡世録初日。思っているより順調に進んでいるのかもしれない。  この世界の神格体達は俺達が来ることを知っていた様子だった。だから向こうも俺達が来た時点での先をある程度決めていて、お互いにイレギュラーが生じている。  俺達は結果的にどちらかの勢力に加担しなければならないこと。向こうは開戦までに一週間を要すること。  どちらかの勢力に加担することになればどちらかは敵になる。そうなった場合、敵方の情報が入らなくなることと抗争に巻き込まれる危険がある。  で、あるのならば俺達がしなければならないのは一週間という期間で各勢力の情報をできる限り手に入れること。昼と分断の神格体を見つけ、仲間に引き入れることが必要になる。  そして、昼の神格体を殺さずに各勢力を分断する方法を確立する。  それが明日からの目標。だが。 「今日は、疲れたな……」  兵士に荒野で追いかけられ、様々な情報を頭に入れ、殺意と威圧に背筋を凍らせ――疲れていた俺は意識を簡単に手放した。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加