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第8話 左の世界と神格体 -1-
Ⅰ
「ぎ、ぐ……」
体の節々が悲鳴をあげて目が覚める。目を開いて真っ先に見えたのは白い糸のようなものときめ細かい餅。
顔を引き、少し距離を取ることでその正体を確認する。
「どわああ!?」
「ひんっ!? な、なんっ、きゃあ!?」
「……」
「……」
時が流れて時計の針が十を指すと鐘が鳴った。二十時に鳴る鐘が寝鐘なら、この鐘は起鐘といったところだろう。俺達はテーブルを間に挟んで椅子に座り、エイレネは後頭部を擦っている。
あまりの顔の近さに思わず俺は大きい声をあげて驚いてしまった。その声に驚いてエイレネが飛び起き、勢いで椅子が後ろに倒れて後頭部を強打。これが先程起きた出来事の流れ。
エイレネが隣で寝ていた理由は俺の肩にかかっていた布団から察しが付く。何回か謝ったのだがジト目で睨みつけられるばかりだ。
『あー、あー』
「っ!?」
「ひんっ!? ッ!!」
突如聞こえてきた声に俺はハッとして立ち上がるとそれに驚いたエイレネが飛び跳ね、我慢ならないといった形相で睨みつけてくる。
その声はエイレネに聞こえている様子はない。それにこの声は――いつか俺が発した声。
『聞こえてます? 分かりやすいように印象に残っている声を送ったのですが』
『それは消してくれ。待っていたんだ』
その声は初めて通信を繋いだ時の、イーピ曰く低予算アダルトアニメの喘ぎ声。つまりイーピの通信が繋がっているということだ。
『最初に伝えておきますが世界間となると通信の制限があります。まず一つ、通信は私からしか繋げません。二つ、おそらく時間制限があります何分か分かりませんが。なので手短に要件を伝えますよ』
俺が一切声を発さずに黙って集中しているのを見てエイレネは通信が繋がっていることを察したようだ。
良いタイミングだ、イーピ。助かった。
『対比神格体抗争とアナタの現状を説明してください』
俺は今のところ分かっているこの世界の情報と現状を伝える。
『……なるほど。マスターによると現状で確認できるイレギュラーは予言の神格体の過剰干渉と一週間後の勢力強制加担です。それを加味した助言は――』
俺は何故か空けられた間に息を呑む。
この世界を創作したイトの助言は最も守るべきものだ。イレギュラーが生じている以上、尚更これから伝えられる助言は肝に銘じなければならない。
『頑張れ、だそうです』
「はぁ!?」
「っ!? もう驚きませんよ!!」
驚いてるだろ、と言いかけたがそんな余裕はない。
頑張れ、だけなんて。あり得ない。
『あ、時間です。さようなら』
「ちょ、おい! イーピ! ……切れた」
俺は頭を抱えて座る。
ただでさえ片方の勢力に加担してはいけないという忠告を破っている以上、最も頼りになるのはイトの助言だったのに。
「なんて言われました?」
「……頑張れ、だとさ」
「あはは、それだけなんですね」
何を笑っているんだ、このポンコツは。もう一回驚かしてやろうか。
「あのなぁ――」
「だって」
呆れて文句を言おうとした俺の言葉を遮って、
「頑張れば大丈夫ってことですから!」
エイレネは満面の笑みで言った。
「……」
頑張らなくて済むのなら、それが一番だと思う。だから俺は小説通りにいかないからと、この世界のことを深く伝えないイトに不満を持っている。
エイレネの言うそれは俺のように近道を探すのではなく、全部頑張れば最善の道に行くから大丈夫の意味に近い。
少し前の俺なら呆れて話を合わせていただけかもしれない。だが、今の俺はそんな考え方もいいなと思った。
「あぁ、そうだな」
俺は笑って頷き、エイレネも笑った瞬間。部屋にノックが響いた。
「たのもー♪」
返事をする前に扉が開かれ、入ってきた人物に俺達は驚かざるを得なかった。
「あれ? 楽しくなさそうだね、なんでだろう」
中立玉座の間で真ん中にいたのを覚えている。『朝の勢力』側に立っていた対比する神格体の一人。
「あ、そうか♪ ボクのことを知らないもんね、ごめんね!」
すると少年はクルクルと回って向き直ったところで止まり、満面の笑みを浮かべた。
「ボクは"楽観"の神格体エイシオ♪ 『朝の勢力』側で、三番目に喋ったけど覚えてないかな?」
対比する神格体達の発言や容姿はかなり特徴的で、コイツのことも覚えている。
ぴょんぴょんと癖があってボリュームのある黄色の髪が背中まであり、中立玉座の間の時と同じ明るい表情と高い声が特徴的だ。一人称はボクと言っているが中性的な服装と顔で性別が判断できない。身長が低く一五〇センチほどで、神格体に年齢があるか分からないが幼く見える。
どうあれ部屋にいきなり訪ねてきた理由が分からない以上警戒を解くことはできなかった。
「覚えています! 私は"平和"の神格体エイレネです、よろしくお願いします!」
「エイレネちゃん! 名前似てるね、仲良くなれそう! ボクのことはエイシオちゃんって呼んでね♪」
「エイシオちゃん!」
「……」
この感覚、最近多いな。こっちは色々考えて行動やら発言やらを気を付けようとしているのに、お構いなしに話が進む感覚。
「キミは?」
「……俺は九重八十」
「ヤトくん! よろしくね♪」
自己紹介を終えた途端にエイシオはエイレネの手を取った。
「じゃあボク達の世界を見に行こう♪」
「行きましょう!」
手を引くエイシオについていくエイレネ。
「……女なのか?」
唐突な訪問と連れ出しがあったものの、俺の頭は性別のことでいっぱいだった。
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