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「お前達は本当に平和を望んでいるのか?」
俺が真に聞きたかったのはそこだった。
プロティフィアは初対面で俺達の来訪を心待ちにしてたことを明かした。そして勢力の統領であるプロイとニクタにもその様子が感じられた。
プロティフィアが俺達が来るのを知っていたのは彼女が予言の神格体だからと予想ができる。エイレネを待っていたということは平和にする力を待っていたということ。それは平和を望んでいることに他ならない。
しかしプロイとニクタから感じた殺気。勢力に入らないのであればエイレネでさえも手にかける、と俺は感じ取った。彼らから平和を望む意思は感じ取れなかった。
「なるほどね。言いたいことを理解したよ♪」
「ハァ!? オレ全然分かってないんだがァ!」
「エイレネ、話し相手になってくれ」
「分かりました! ケノトミアさん、話しましょう!」
ケノトミアもエイレネの立ち位置を理解したのか話すことを嫌がったがエイレネの怒涛の質問攻めに会話から抜けていく。
「『朝の勢力』は平和を望んでいる。それは確かな事実で、キミが疑っているプロイ様も絶対に平和を望んでいるよ♪」
その言葉に信じられない意思を告げようとすると手で制される。
「そして、『夜の勢力』も平和を望んでいる。それも確かな事実だ」
「……それを信じろっていうのか」
平和を望む勢力と平和を望む勢力が抗争をしているなんて、これ以上に酷い矛盾などない。
「信じられないのも仕方ないね♪」
「……なんだと?」
矛盾が生じているのは明白なのに目の前の神格体は俺がおかしいと言わんばかりの言葉を発した。
「お前が何を言っているのか分かって――」
「ボクの力は」
怒りが表に出て大きくなった俺の声を遮るように、大きな声で遮るエイシオ。口を閉じた俺を確認して、言葉を続ける。
「ボクの力は、仲間の状況や心境を明るい向きに考えさせる力。神力を使えば死も前向きに捉えさせれるし、戦場では味方の士気を上げることができる」
初めて会った時も今までも明るい表情を崩さなかったエイシオは真剣な表情で言う。
「皆が前向きに考えてくれたらボクは嬉しいし、何よりそれがボクの存在意義だ。エイレネちゃんが平和を愛するように、ね」
俺は口を出すことができなかった。意味を深く理解していなくても、心臓を鷲掴みにされている感覚が邪魔をする。
「だからボクは悲観の神格体が嫌いだ。対象の状況や心境を暗い向きに考えさせる力を持つ彼女が大嫌いだ」
それはいつしかエイレネに感じたものと一緒だ。エイレネが本当に平和を愛し、その為ならば――と、強い意志が俺の胸に訴えかけてきた時と同じ感覚。
「ボクは平和を愛しているよ。抗争なんて世界から無くなってしまえばいいと思う。例え『夜の勢力』の人間でも前向きに生きてほしいと願っている」
俺は自分が間違っていることを納得した。理論的に考えて一番大事なことを見落としていた。彼らは俺と違う。
「だけど、悲観の神格体——アペシオだけはダメだ。平和を愛していても、彼女を好きだったとしても。ボクは彼女の存在を否定する。ボクが、楽観の神格体である限り」
「——ッ」
そうだ、彼らは俺と違う。
「信じられないのも仕方ないんだ。——キミは人間だから」
彼らは、神格体だから。
俺は顔を歪めて俯いた。きっと酷い顔をしている。それが自分で分かってしまうほどに。
理論や矛盾など二の次、彼らが争っているのは誰かの為ではなく、自分の存在意義が揺るがされない為。
俺にはそれほど大切なものを持ち合わせていない。今の会話でそれを見透かされている。
「『朝の勢力』にプラス一がいれば『夜の勢力』にはマイナス一がいる。残るのは、零だ。ボク達は零にならない為に戦う」
「……すまない」
「いいえ♪ 丁度ご飯も来たし、重い話はまた別に頼もうかな!」
カタン、とテーブルに料理が置かれ、俺はようやく顔を上げる。手を合わせるケノトミアとエイシオを前にふと横を見る。
「——っ」
そこには悔しそうに唇を噛みながら俯くエイレネの姿。
エイレネは神格体だ。対比する神格体はどんなことがあっても相容れないことを知っているだろうし、覚悟もしていただろう。
しかし平和を愛しているのに争わなければならないという現実は、平和の神格体であるエイレネにとって受け入れてはいけないもの。
俺は何も言うことができず、飯を口に運ぶ。美味しいはずの飯が、不味く感じた。
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