第8話 左の世界と神格体 -1-

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「こんなところまで来て何があるんだ?」  居酒屋を出て数十分。目的地の場所は聞かされず、ただついていくと辿り着いたのは城壁の上にある石の壁で隔てられた通路。  見渡すと城壁の左には朝の世界が広がっている。様々な形をした家屋に目立つ外装をした洋風の塔。その間に流れる粒の動き。おそらく人であろうそれは活気がある証拠だ。  それと対を成すように、右の世界は荒野が広がっている。ただただ茶色の荒れた地が続き、小さくても分かる人の死が転がっていて目を背けてしまいそうになる。 「いいから、見てて。もう少しで始まるから」  エイシオとケノトミアはこちらを一切見ることなく、真剣な表情で荒野と相対して見つめていた。  俺とエイレネも同じように荒野と相対する。 「——」  大きな鐘の音が鳴る。寝鐘(しんがね)起鐘(きがね)とは比べ物にならないほど迫力のある鐘と共にまるで怒号のような声が響き渡る。怒号のような声の正体は荒野へと現れた。  真下から現れる粒の数々。それと同時に反対の城壁の門からも現れる粒の数々。  ただそれだけで理解する。これから起きるのは抗争だ。 「——これは開戦の鐘。毎日鳴るんだよ」 「決着にはならねェ、小競り合いの抗争だァ」  やがてその粒の集団と集団はぶつかり合い、城壁の上でも聞こえるほどの金属音と怒号を響かせた。  遠目でも、命が失われているのが分かる。斬り、突き、倒し、倒れ、絶命する。次第に赤色が目立つようになった戦場を前に、俺は顔を逸らした。 「これを見せる為にここに来たのか」  コイツらは知っているはずだ。この抗争を見ることによって、誰が一番心を痛め、後悔するか。それを知って尚、ここに連れてきたというのなら、俺はそれを許せない。 「顔を逸らさないで。ちゃんと見るんだ」 「これを見て何になるんだ――ッ!?」 「いいから、見ろっていってんだろォ」  ケノトミアに髪を掴まれ、無理に抗争を見せられる。広がっているものはなんら変わりはない、死の数々。 「出るぞォ」  ケノトミアが真下を指差す。そこに凝視するとコロコロと転がる球体が戦場の中心に向かおうとしているのを見た。 「アレは『朝の勢力(ウチ)』の感情の神格体だ。で、向こうからは同じ形した対比する神格体——理性の神格体が出てきてるぜェ」  言われてみればこちらの方から出たのは中立玉座の間で見た片言の喋り方をする神格体だと分かる。しかし相手の城門から神格体が出てきてるのが見当たらない。小さすぎて、見つけられていない。 「始まるぞォ」  感情の神格体が止まったかと思えば中央で争っていた人間達は味方・敵問わず撤退し始め、そこでようやく理性の神格体を視界に捉える。  向き合ったその途端、互いに姿形を変えて荒野は驚きの現象に包まれた。 「——は?」 「——」  荒野を焼き尽くさんとばかりの炎が包む。それに対抗するように、水の壁が次々と炎を遮断し、やがて収まる。  次に、大海の如く巨大な波が現れた。それに対抗するように、暴風が巻き起こり水を天へと返す。大量の雨飛沫が荒野中に降った。  次に、荒野を吹き飛ばさんとばかりの暴風が巻き起こる。それに対抗するように、荒野の地形が変わって土の壁が現れ、暴風を受け止めた。  次に、荒野の土は巨大な棘の形をいくつも生成し、一直線に相手の領地へと向かって伸びていく。それに対抗するように、炎が巨大な棘を包み、消し炭と化した。  声をあげずにはいられなかった。目の前で繰り広げられる超常現象もそうだが、確かにそこには死が見えた。多くの人が焼かれ、呑まれ、飛ばされ、埋められた。  やがて荒野から生きている人の姿はなくなり、中央の神格体がそれぞれの領地に向かって転がりだす。  ケノトミア曰く、決着のつかない小競り合いの抗争は多くの死を残して終わった。  俺達はそれを遠くから見ていることしかできなかった。
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