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第10話 左の世界と神格体 -2-
Ⅰ
「ん、ん?」
心地よい感覚に目が覚める。目を開いて真っ先に見えたのは白い糸のようなものときめ細かい餅。
顔を引き、少し距離を取ることでその正体を確認する。
「……」
声はあげない。白い糸のようなものもきめ細かい餅の正体も俺は知っている。
「すぅ……すぅ……」
白い糸は白色の髪できめ細かい餅は白肌。安らかに寝息を立てるエイレネが目の前にいた。
俺はゆっくり起き上がり時間を確認する。時間は午前九時五十二分。確か昨日起鐘が鳴ったのは十時。なら、起こしても問題はない。
俺はエイレネを起こすことにした。
「どわああ!!」
「ひんっ!? な、なんっ、きゃあっ!?」
この前と全く同じ声を出して、今度は驚いてベッドから転がり落ちてゴン、と鈍い音を響かせるエイレネ。
ここまでうまくいくとは思っていなかったが期待通りの反応を見せてくれて満足だ。
「ま、またぁ……なんで笑ってるんですか」
「ぷ、いや、はは。なんでもない」
「まさかわざと?」
明らかに怒っているがどうしても笑いがとまらない。わざとだと知られたら不満そうにするだけでは収まらず襲い掛かってくる。そう分かっているのに、笑ってしまう。
「こ、の~~~ッ!!」
「うおっ、待て! 悪かったよ、ごめん!」
「許しません! このッ、バカマスタァ!!」
エイレネは予想通り襲い掛かってきて馬乗りになる。俺の頬を抓ろうとしているのか何度も顔目掛けて伸ばしてくる手を俺はいなしたり掴んだりして対応する。
「このォォォ~~~!!」
エイレネは般若のような顔を近づけてきて――
「いだっ!?」
——俺の額を噛んだ。
「いだっ、痛い! 悪かった、本当に俺が悪かったから離せ!」
「こんなので終わるも゛の゛が~~~!!」
額を噛むという謎攻撃をしてくるエイレネに悪戦苦闘していると起鐘が鳴った途端にノックが響く。
だがエイレネは鐘の音に気づいてもノックに気づかなかったのか未だにふがふが言いながら俺の額を噛んでいた。
「エイレネ! ノック! ノックされたぞ!」
「ふがふがふがふがァ~~!!」
噛むことに必死なエイレネは俺の話を全く聞かない。
まずい。俺の額もまずいがこんな光景を見られたら誤解される可能性が高い。人によっては接するにあたって気まずい雰囲気が流れるかもしれない。
と、そう思考を巡らせてどうにかエイレネを離そうとする俺の希望を打ち砕くように扉は開かれた。
「……」
「……」
「……」
入ってきたのは液晶に目を表現する丸が二つと口を表現する棒線が一つ表示されている球体。
その球体に表示されていた顔が消えたかと思えば、八の字の棒線の目と下線のない逆三角の口が表示されて、
「ヒェン」
そう小さく悲鳴をあげて出ていき、扉を閉めた。
「ちょっと待てええええ!!」
「待ってくださあああい!!」
どうやって扉を閉めたのか、という疑問はもう問題ではない。俺とエイレネは飛び起きて廊下へと出る。転がってどこかへ行こうとしていた球体を抱え、部屋に戻る。
「初めまして私は"平和"の神格体エイレネです好きなものは鳩とオリーブオイル嫌いなものは争い事と嫌われることですよろしくお願いします!」
「お、俺は九重八十よろしく!」
早口のエイレネと焦っている俺の自己紹介を前に、テーブルの上に乗せられた球体は微笑みを表示した。
「避妊ハ大事ダヨ」
「……」
「——っ」
その言葉にエイレネは分かりやすく顔を赤くして俯き、萎縮している。
俺も勘違いされている内容に若干の羞恥心を覚えたが、その言葉を聞いて果たして神格体は妊娠するのか? という疑問が浮かび、事なき事を得る。
「冗談。二人ノ仲ガ良イノハ聞イテル」
「冗談でもそういうことは言わないでくれ……一緒にいると気まずくなるだろ」
「マシンジョーク、マシンジョーク」
俺は気持ちを落ち着かせると共に気を取り直し、ほぼ確信を持っていながらも質問する。
「お前は昨日抗争に出ていた神格体か?」
「昨日ハ僕ノ番ダッタ」
「お前について教えてもらってもいいか」
すると球体は器用に液晶だけをスライドさせて頷く仕草をする。
「僕ハ感情ノ神格体シネスティマタ。長イカラ皆ティマタッテ呼ブ」
「じゃあ、ティマタ。力はなんだ?」
俺にとってそれはどうしても聞いておきたいことだった。
昨日の抗争で見せた圧倒的な殺傷能力のある力。どういう原理なのか知っておかなければ敵に回した時に為す術もなく降伏しなければならない。
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