第1話 プロトタイプ・コスモス

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第1話 プロトタイプ・コスモス

「は?」 「え?」  目の前の女性が何を言っているか分からない。  二代目のマスター? 平和を司る神格体? 名をエイレネ? 世界を平和に導くってどういう意味だ? 「……あれ、おかしいな。私の予想だとここで了承してもらえて世界を平和にする旅に出るはずなのに」  後ろを向いてブツブツと独り言を呟く女性を前に、衝撃的な記憶が蘇る。  この世の終わりを感じ取った隕石。俺は峠の展望台でそれをしっかりと見た。 「ここはどこなんだ!? 隕石は……っ! 俺は生きているのか!?」 「ひ、ひぃぃっ!? お、落ち着いてください! 落ち着いて落ち着いて落ち着いてー!」  唐突に声を荒げてしまったことで女性はびくっと体を震わせて頭を抱え、怖いものを見る目でこちらを伺っている。 「お、落ち着いて落ち着いて落ち着いて落ち着いて落ち着い――」 「あんたが落ち着いてくれ!?」  すっかり怖いもの認定されてしまったようで話ができる状況じゃない。  辺りを見渡し、ここが部屋だと理解した瞬間に部屋の扉が開かれた。 「か、カイニスさぁん!」  部屋に入ってきたのは筋骨隆々の中年男性。  服装が特殊で至るところの布がなく、(たくま)しい腹筋や腕の筋肉、大腿四頭筋が見える。身長は二メートルは超えていて、筋肉の影響でより大きく見える。鼠色の短い髪がオールバックにされていて、特徴的な口髭と顎髭がしっかりと整えられていてダンディな印象を受ける。  女性は涙目でカイニスと呼ばれた中年男性に駆け寄り、後ろに隠れた。 「ムッ? さては若造、エイレネに良からぬことを考えたか?」 「か、考えてない考えてない!」  ムキッと筋肉を隆起させ、わざとらしく睨みつけてくる中年男性。彼に誤解されたら酷い目に遭うだろう。 「ガッハッハ、冗談だ。若造! まだ理解できていないことがあるだろうから説明してやろう! 名前はなんと言う!」 「こ、九重(ここのえ)八十(やと)」 「よし、ヤトよ! では行くぞ!」  威圧感のある質問に思わず名前を答えてしまう。  すると中年男性は手を合わせて目を閉じた。 「あ、カイニスさん! まだ了承をもらえていません!」 「どうせそうだろうと思っておったァ!」 「ちょっ、それどういう――」 「『空間移動(テレポート)』!」  瞬間、辺りは(まばゆ)い光に包まれて思わず目を瞑る。しばらくすると瞼の裏に光を感じなくなり、目を開くと見慣れない光景が広がっていた。 「……場所が変わった?」  ぽかぽかと中年男性を叩く翼の生えた女性を尻目に辺りを確認する。  黒に統一された部屋の中央に扇形のテーブルが二つ並んでいる。一つのテーブルに四つの椅子があり、テーブルの先に電子液晶。さらにその奥に多くの電子液晶が設置されている。  左のテーブルに三人、右のテーブルに二人——いや、一人と球体が椅子に座っている。テーブルの先にある電子液晶の前に一人。  中年男性と翼の生えた女性を含めて合計七人と球体で全員だ。 「初めまして、九重八十。混乱して疑心暗鬼になっているところ申し訳ないけど、君に説明しなければならないことがある。ほら、皆は解散だ」  電子液晶の前に立っている男性がそう言うと他の人々と球体は俺の横を通り抜けて出口へと姿を消した。 「どこでもいい、座って」  男性の指示に従って一番近い椅子に座る。 「まず改めて。初めまして、私は桐生イト。小説家で、この施設のリーダーを務めている」  桐生イトと名乗った男はそこで頭を下げる。  銀色の肩元まである男性にしては長い髪。右側が耳にかけられていて、こちらを覗き込む同色の瞳は幻想的だ。細い山なりの眉毛と若干の垂れ目が優しい印象を与え、薄い唇は幼さを感じさせる。あまりに整った顔は誰かが考えたどこかの国の王子様なのではないかと疑うほどで、美しいと言わざるを得ない。  俺は彼が頭を下げたのは自己紹介の終わりで、説明の始まりの合図でもあることを察した。 「説明の前に一つ。正直に言うと君に説明しなければならないことが多すぎて全て説明していると日が暮れてしまう。だから今から私が説明することは真実だと受け止めてほしい」 「……分かった」  説明すること全てを真実だと受け止めろというのは横暴だと思ったが、彼の態度や声色に敵意は感じない。  俺は一旦疑うより信じてみることにした。 「まず地球は滅亡した。それで――」 「ちょ、ちょっと待って!」 「待たない」 「えぇ……」  信じてみることにしたと言ってもあまりに驚愕な出来事すぎやしないか。  しかし完全に否定できない理由がある。 「君はその光景を目の当たりにしたはずだから」  そうだ。俺は隕石が落ちる瞬間をこの目で見ている。  あの隕石はそういうものだった。地球に衝突し、滅亡したと言われたら信じてしまうほどに絶望的な現象。  俺は地球が滅亡したことを受け止めるしかなかった。
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