第10話 左の世界と神格体 -2-

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「エイレネ――平和の神格体を勢力に引き入れようとする理由はなんだ?」 「平和を望んでいるからだよ」 「俺の考えでは、エイレネを引き入れなくても平和を実現するのは可能だと思っている」 「成程(なるほど)、理解したよ。必要性の話だね」  手でカップを包むようにしてこちらを見据える様子から迷いは見えない。 「この抗争は五十年続いているけど、最初から六と六——合計十二の対比する神格体が争っていたわけではないんだ。それこそ最初に対比したのはプロイ様と夜の神格体さ」 「対比する神格体が増えたのか?」 「最初から存在していた。ただ互いの存在を知らなかっただけで、時が過ぎるにつれて存在を知った。出会ったらそれは最大の敵だ」  チャロはカップを右手で持って小さく揺する。 「対比する神格体が主要だから忘れてしまっているかもしれないけど、この世界を形成するのは『朝の勢力(プロイソシア)』と『夜の勢力(ニクタソシア)』——そして対比する神格体の存在しない、中立層だ。対比する神格体は常に中立層から生まれている」  つまり中立層で対比する神格体が存在することを知り、争う為にそれぞれの勢力へ加担したということか。 「これは『朝の勢力(プロイソシア)』の目線となるけど、対比する神格体を全て滅ぼしたとして中立層からまた出てくるかもしれない」  チャロの真意を汲む。  エイシオは対立する勢力関係なしに平和を望んでいると言っていた。エイシオが平和を望んでいることはわかったが、他の神格体がそうであるとは限らない。 「中立層から対比する神格体が現れる度に抗争をするというのは、どうにも馬鹿らしい」  ただチャロの発言は平和を望んでいるからこその理論だ。  中立層から対比する神格体が現れる限り抗争は続く。それが馬鹿馬鹿しいから、今認知している対比する神格体を滅ぼし、エイレネの(ゾイ)で抗争を禁止する。  そうすればどうあれ抗争は生まれない。 「持論だけど、この世界には常に新しい神格体が生まれている可能性がある」  統計もあるけど今は持っていないよ、と付け足し微笑むチャロ。続けて口を開く。 「それは由々しき事態だ。勢力を統合し、エイレネさんの(ゾイ)を発動させても、対比する神格体が存在すれば必ず戦禍の火種になる」 「は? それはどういう――」  俺は矛盾に戸惑って聞き返す。チャロはきょとんとする表情を見せた後、しばらく考える素振りを見せたと思えばすぐ向き直って笑った。 「はは、エイシオさんの言っていた人間的の意味はこれか」  笑っている意味が分からない。エイレネの(ゾイ)が――争い事を禁止する力が働けば戦禍の火種になるはずもない。  チャロは小さくそう呟いた後、カタンとわざと音を立てるようにカップを置いた。 「一つ言っておこう。エイレネさんの(ゾイ)——平和を脅かす事象を禁止する力が働いていても抗争は無くならない」 「そんなはずはありません」  それに真っ先に反対したのはエイレネだった。 「そんなはずは、ありません。私の(ゾイ)は抗争を許しません」  するとチャロは悲しい表情をしてカップを口に付け、中の液体を飲み干す。 「話は終わりにしよう。今日の抗争が始まる時間になるまで街を案内するよ。ちなみに抗争を見るのだよね?」 「ま、待て。話はまだ――っ」  立ち上がったチャロが精悍(せいかん)な眼差しで見据えてくる。それが意味するのはそれ以上口にするなという意思。  俺達はチャロの言葉に頷いて立ち上がる。  チャロは金銭をテーブルに置き、ティマタを抱えて歩き出す。俺の横を過ぎる瞬間、 「後で話そうか」  そう小さく呟いた。
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