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「やっ♪ こんにちは」
「よォ」
チャロに街を案内してもらった後、昨日と同じ城壁の上にある通路にやってきた。通路に繋がる階段を上ると、待っていたと言わんばかりの表情でエイシオとケノトミアの挨拶。
「戦鐘は十五時に鳴るから後五分! 来てくれてよかった♪」
エイシオは普段から笑顔を崩すことが少なく、語尾に音符でもついていそうなほど明るく発言する。
真剣な話をする時こそ明るさはないが、今のエイシオがデフォルトだ。これから起こる抗争が日常的なものだからこそ、明るいまま発言する。
「ちゃんと話したのかァ?」
「それは僕ではなくココノエ君の方が分かっているよ」
それはチャロの意地悪だ。ちゃんと話せていないことをチャロは知っている。
ただ再度話す機会を設けた。それはチャロと俺だけの話し合いで、エイレネが心配するような要素を残してはいけない。
「まだ出会ったばかりで信頼関係築けてないのにちゃんと話せてたらすごいよ♪ 次はもっと話せるといいね!」
誤魔化そうとした俺の様子を感じ取ったのか、話を自然に終わらせるエイシオ。相変わらず察しが早い。
「今日は温暖と寒冷が戦場に出るんだよな。どんな力なんだ?」
「その言葉の通りだよ。温暖を操る力と寒冷を操る力♪」
「……炎を出したり、氷を出したりってところか?」
「あはは♪ 言葉で知るより見た方が早いと思うよ」
ケノトミアを見ると真顔で頷いていた。チャロを見ると小さく笑って荒野に視線を移していた。それはエイシオの言葉の通り、ということだろう。
「始マル」
ティマタがそう呟いた途端、戦鐘と呼ばれる大きい鐘が鳴った。
怒号のような響き渡る声は、無い。ただ城門が開く重々しい音が聞こえてくるのみ。そこから出てきたのは『朝の勢力』も『夜の勢力』も一人のみだった。
「言葉で知るより見た方が早いんだ。あれは言葉で表現し難いから」
その瞬間だった。荒野の中央近くで相対するだけにも関わらず世界に色が帯びていく。
手前ではまるで空気に色がついたかのように赤く染まる。ユラユラと空気が歪み、一瞬で汗が額を伝うほどの熱。荒野から溢れんばかりの"温暖"が目の前に現れた。
それに対比するように奥では空気が青と水色に染まる。無数にある点に空気中が冷やされ、収束しているのか荒野や城壁の形を成す線が歪む。
それは昨日見た感情と理性の神格体による炎と氷の応戦が優しく見えてしまうほど悍ましく、防衛本能が視界に映すのを嫌がった。
それが二十分程続いて気配が消えた頃には俺とエイレネは石の塀に背中を預けるようにして腰を下ろしていた。
「ね♪ 見た方が早かったでしょ!」
あれを直視してなんともないのは慣れているからだろうか。あんなの、何回見ても慣れる気がしない。
「そろそろ革新が起きてもいい頃なんだがなァ」
「不謹慎ナ発言」
「でも彼女達の戦いは人間の犠牲が出ないからね」
その言葉でエイレネはすぐに立ち上がって荒野を確認する。
荒野に温暖と寒冷の神格体以外の姿はなかった。あそこまで強力で広範囲の力だと人間の存在が無意味なのは誰でも分かる。
ケノトミアの発言から今回の抗争で勝者がいないことも理解した。犠牲者がいないことは喜ばしいことだ。
「明日はエイシオの番だなァ! 最終決戦前にカマしてきてもいいんだぜェ!?」
「ははっ♪ 任せてよ! かっくしーん♪ ってね!」
「んだそれバカにしてんのかァ!?」
各勢力で三日過ごすと決まって初日、最初に会ったのはエイシオとケノトミア。その日、ティマタが戦った。今日はティマタとチャロと出会い、温暖の神格体が戦った。であれば次に戦うのはティマタと温暖の神格体以外の誰か。
心のどこかで分かっていたが、こうやって出会った誰かが戦わなければいけないというのは心が痛む。
「大丈夫、僕達が全力で戦うのは君達がどちらかの勢力に入った後だから。五十年続く小さい抗争で神格体が死んだことはないよ」
その言葉にエイレネは胸を撫でおろす。
それは明日死ぬことはないことを意味しているが、俺達がどちらかの勢力に入ればまた違ってくる。しかし遠回しの明日死ぬことはないという言葉はエイレネにとって安心できるものだ。
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