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Ⅱ
「——ふぁっ」
ゴーン、という鐘の音で飛び起きる。すぐに意識がはっきりして時計を見ると、針は午前十時を指していて鐘の音は私でいう朝を知らせるものだ。
「あ、マスター……朝ですよ」
椅子に座ってテーブルに突っ伏して寝ているマスターを見て安心する。
昨日、私はマスターが部屋に帰ってくる前に眠りに就いた。エイシオちゃんに抱えられながら街を駆け、部屋に着いた時にエイシオちゃんが教えてくれたのだ。
『ヤトくんは前の居酒屋のお酒が気に入ったみたいでチャロと飲みに行くって言ってたから先に寝ておいてだってさ♪』
確か、こんな感じ。マスターといつも一緒にいるように言われていたけどチャロさんなら大丈夫か、と一人で寝る準備を済ませ、いつの間にか寝てしまっていた。
「マスター! 起きてください」
昨日一緒にベッドで寝たのだからベッドで寝ればいいのに、と思いながらマスターに触れる。
「……マスター?」
マスターの体は不自然なほど冷たかった。まるでさっきまで外にいたみたいに。
「……っ」
顔を覗き込んで確信する。マスターの顔色は見るからに悪く、唇と体が小刻みに震えている。頬、首、手と触れても反応はなく、やっぱり冷たい。
私はすぐにベッドから布団を持ちだしてマスターに被せる。
他に、他に。どうしたらいいんだろう、私にできること。何か、もっと安心させてあげられる何か。
「ごめんなさい」
考えても何も思い浮かばなかった私はただ手を握ることしかできなかった。
「——っ、は、はい!」
部屋にノックが響いて私は声で返す。
そういえばエイシオちゃんやティマタさんも鐘が鳴った後に部屋を訪れた。それなら訪ねてきた人は今日案内してくれる神格体かもしれない。
私は足早に向かって扉を開くと、そこにはとても綺麗な女性が立っていた。
「おはようございます、エイレネさ――」
「あ、あの! 温暖の神格体さんですよね!?」
必死になっていた私は訪ねてきてくれた神格体の言葉を遮って質問してしまう。でも失礼だとかそんなことは言っていられない。
「はい、そうですよ。そんなに焦られて……どうかしましたか?」
「マスターの体が冷たいんです! 温めてもらうことはできませんか!?」
温暖の神格体なら力を抑えて使えば温めることができるはず。そう考えた私は頭を下げた。
「失礼しますね」
私の様子から真剣さを感じ取ったのか、返事を待たずにマスターの元へ歩を進める女性。
「これは……」
マスターに手を触れて力を発動させる温暖の神格体が重い声でそう呟く。そのまましばらくしてマスターの体は震えが止まり、落ち着いた呼吸を取り戻した。
「最適な人体温度にしましたが、それ以前の問題です。とても、心が冷たい。何か覚えはありますか?」
「え……いえ、ごめんなさい」
そう謝ったところでマスターが呻き声をあげたかと思えば体を起こした。
「ま、マスター!」
「ぁ……エイレネ。あれ」
マスターは体調が悪そうな声で私の名前を呼び、時計に視線を移す。十時を過ぎ、知らない女性がいることで神格体が訪ねてきたことを理解したのか立ち上がった。
「すまん、寝すぎた」
「マスター、体調が悪いなら今日は――っ」
マスターの体に触れてベッドに誘導しようとすると、手首を掴まれて制される。
「大丈夫だ。話を続けよう」
あれ、何か、違う。いつものマスターじゃない。いいえ、そうじゃない。まだ会ったばかりのマスターに戻ってしまったみたいな、冷たい感覚。
温暖の神格体に向かいの椅子に座るよう促し、相対するように座るマスター。私はそれに従うしかなかった。
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