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第11話 変化
Ⅱ
数分後に開戦の鐘が鳴る。耳にタコができるぐらい何度も聞いた鐘。なのに、一度も好きになれたことのない鐘。それが、また今日も鳴る。
荒野へと続く門はまだ閉じられている。周りには鎧と、剣や弓を携えていざ行かんとばかりの表情で準備をする兵士がいっぱいいる。
「エイシオ様! 今日こそ勝ちましょう!」
「決戦前に悲観の神格体を討ち取ってやるのです!」
「俺達ならできるぞ! なんせエイシオ様がいる!」
士気は上々。準備は怠っていない。兵士の数も十分。よし、大丈夫。今日もボクはやれる。
これから先、幾度戦場に足を踏み入れようとボクはこうやってボクを元気づける。
戦場に"楽しい"は存在しない。楽観の神格体であるボクにとって、それは忌むべきことだ。できれば戦場に立ちたくなどない。抗争など、したくない。
「皆、今日も頑張ろう♪ ボクがキミ達を勝たせるからさ!」
「「「おおおー!!」」」
ただそれ以上に、そんな感情を全て打ち消して余りある程、消してやりたいと思う悲観がいる。
憎くて憎くて仕方がない。知っているのは顔と力くらいで、彼女がどんな神格体で、どんな性格をしていて、どんな生活をしているのか。知っていることの方があまりに少ないのに、憎くて仕方がない。
あぁ、知っている。分かっているよ。これが神格体なんだって。
反対の存在だから嫌う。そんな当たり前を誰も疑わない世界に生まれたから。これから一生、ボクはそれを疑わないで生きていく――はずだったのに。
その当たり前を疑う、たった一人の人間を知った。
ココノエ・ヤト。たぶん、きっと、キミと話す時間はもう少ないと思う。
この抗争が終わったら酷いことを言ってごめんなさいと謝ろう。きっとチャロも厳しいことを言ったと思うから、ボクが代わりに。ボクは神格体を否定できないけど、キミは人間だから。
人間は弱く、脆く――簡単に死んでしまう。力もないし、身体能力が高いわけでもない。心だって同じだ。本当はいつも取り扱いに困っているんだよ。
「本当は嬉しいのかもしれないな♪」
——開戦の鐘が鳴る。重苦しい音を響かせながら開く門の隙間から次々と兵士が飛び出し、活気づけるように雄叫びをあげて進軍する。
そうだ、ボクは嬉しいんだ。
抗争を見てキミは怒っていた。この際、それがエイレネちゃんに抗争を見せたことに怒っていたのか、簡単に命が失われていく光景に怒っていたのか、そんなのはどっちでもいいんだ。
神格体を心配してくれてありがとう。何十年も受け取っていなかったから忘れていたところだった。ボクは、今この瞬間でも死ぬかもしれないんだから。
——ボクは荒野へと足を踏み出した。力を使い、兵士の心境を前向きにする。悲観の力もかかっているから所詮は零。
神格体達と人間達が分かり合うことは難しい。存在そのものが違うのだから、生きてきた世界が違うのだから、そんなものは当たり前だ。
当たり前でも……キミとエイレネちゃんを見ていたら、ちょっと希望が持てたんだ。もしかしたら、分かり合えるんじゃないかって。
そう思わせてくれてありがとう、ココノエ・ヤト。
——キィン、と金属音がそこらから聞こえている。次第に絶命して倒れ、動かなくなる兵士達の命を無駄にしないよう、ボクは味方の士気を上げ続ける。
戻ったら謝って、お礼を言おう。キミが見せてくれた少しの希望が、ボクを"楽観"のその先へ連れて行ってくれる――!
「——『全ての人が楽しいと思ってくれる世界はとても美しいはずだ』」
ありがとう、ココノエ・ヤト! ありがとう、人間!
「——『その為にボクは在る。その為にボクは使う』」
神格体達と人間達が分かり合えたら、それはとても楽しい! その希望を見せてくれて、ありがとう!
「『世界中の生命が楽しいと――』」
でもね。ボクは戦場でしか力を使ったことがないんだ。
―—冷たい刃がボクの体を通る。
一瞬にして傷は熱くなり、赤く染まる体を見ながら、ボクは力を解いていた。
ボクは気づいていた。
人間達のことを知れば知るほど、分かり合えたらいいのにと思いながら、ボクは今日も人間に戦わせることを選んだ。
戦地に赴く恐怖を知りながら、それを塗り潰す。ボクは今までそんなことばかりをしてきたのに。
「あぁ……ごめん、ね」
ボクは"楽しい"の神格体じゃない。ボクは"楽観"の神格体。体と心と状況を明るいと――目の前の悪夢でさえも、良いものだとする神格体。
死にたくない、なんて皆同じなんだ。神格体も、人間も。それでもボクは人間の心を塗り潰した。その尊い感情を慈しめなかった。
それなのに。
「人間、を……知っちゃった、から……なぁ――」
ボクだけ"楽しい"を知ろうとするなんて、ありえないよね。
——ごめんね、人間。許されることじゃないけど、もうしたくないからさ。
次はキミ達と共に戦える力で、一緒に戦わせてよ。
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