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「そして地球が滅ぶ寸前、私達は君を助けた。地球に存在していた君をこの世界に移転させた。つまり、ここは君にとって異世界ということになる」
「移転って……どうやって」
「君はここにどうやって来た?」
思い出す。中年男性が手を合わせて何かを言った後に……光って、気づいたらここにいた。
意味不明なことを言っているのは分かっている。でも他に説明のしようがない。
「理屈は分からないだろうけど、君が体験したことが答えだ。あの異能力を私は力と呼んでいて、移転がカイニス――筋肉の逞しい男性の力だよ」
「俺が生きているのはカイニスの……力によって移転されたから……ってことか?」
俺の疑問に桐生イトは微笑んで頷く。
「次が一番大事なことなんだ」
桐生イトの表情が真剣なものに変わった。
「力が存在するこの世界。これは、私が創った世界なんだ」
それは言葉の意味をそのまま理解するだけでも時間を要する内容だった。
「突拍子もない話だけど、私が創作した小説の世界がそのまま存在を成している。力の存在も、さっき椅子に座っていた彼らも私の小説の登場人物なんだ」
そんな馬鹿な話があってたまるか。そう一蹴してしまいたいのに、桐生イトの表情は冗談を言っているとは思えない。
何より俺が生きていることや一瞬で空間を移動していることが信じがたいのに実際に起きている。それが既におかしい。
「この世界の名前はコスモス。言葉が神格化され、擬人化した世界。言葉と力と彼らはイコールで結ばれることを覚えていて欲しい」
「そ、それって……どういう……」
「エイレネの言葉を覚えているかい?」
エイレネとは翼の生えた女性のことだ。彼女が最初に言っていたことを思い出す。
『私は平和を司る神格体、名をエイレネ』
平和、を司る、神格体。それはつまり――。
「エイレネは"平和"という言葉が神格化され、擬人化した存在なんだ。言葉が体を成した存在を、私は神格体と呼んでいる。そしてエイレネには"平和"に関連する力がある」
エイレネは人間ではないということになる。それならカイニスも――。
「カイニスは"移動"の神格体。だから彼には"移動"の力である『空間移動』を使えて、君が地球からコスモスに。エイレネと出会った部屋からこの部屋に一瞬で移動した理論だ」
説明された内容の理解は追いついている。寧ろ説明された内容が本当であれば、今までの不可思議な出来事に説明がつく。
ただしそれを事実だと受け入れるには脳が追い付かなかった。
「混乱させてしまうことを一気に伝えてしまったね。今日はゆっくり休むといい。テーブルの上に手の平を置いてもらえるかい」
俺は言われるがままテーブルの上に手を乗せる。
するとテーブルは緑色に発光し、ピッという電子音と共に光が収まった。
「この施設の扉には近くにスキャナーが付いているから手を翳せば扉が開くようになっているよ。廊下にいるエイレネに君の個室を案内するよう頼んであるから」
正直ありがたい配慮だった。あれ以上説明を受けていたら俺は理解が追い付かなかっただろう。
席を立ち、歩いて扉の横にあるスキャナーに手を翳す。扉が開くと、その先にいたエイレネがびくっと体を震わせた。
「じ、自室まで案内しますねっ!」
そう言って前を歩くエイレネに本来なら何か声をかけていたかもしれない。
それができないほど頭がいっぱいで、俺は一言も発することなく自室まで案内してもらうことになった。
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