第3話 言葉の神格体——カイニス——

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第3話 言葉の神格体——カイニス——

 しばらくしてゴンッゴンッとノックが鳴り響く。ノックにしては強すぎるそれで誰が来たか予想がつく。 「若造! まだか!」 「分かった分かった! ドアを殴らないでくれ!」  ベッドから向かう最中にドアを何度か殴られ、慌ててドアを開けに行く。  若造という呼び方にノックの強さ。そこから導き出されるのはカイニスだ。 「失礼する――前に、ワシは扉を殴っていない。ノックだ」 「今度から優しくノックしてくれ……」 「失礼する!」  きょろきょろと辺りを見渡すカイニス。自分の腰が椅子に入らないことを察したのか、テーブルの横の地面に座った。  それほどカイニスは大きい。俺二人分とは言わないが、俺の身長はカイニスの胸の下あたりだ。 「自己紹介だったな。聞きたいことは一旦置いて、まずはワシの事から話そうか」  するとカイニスは立ち上がり、大きく息を吸った後に胸を叩く。ドンッという音と共に部屋が揺れた。 「ワシは"移動"の神格体、カイニス! 世界と世界を(また)ぐ存在故、イトの野望に付き従い、旅を共にする者! 以上だ!」  印象が変わったといえば、最初はダンディだと思ったがお調子者な印象になった。俺より遥かに年上なのに、無邪気に笑う表情は子供っぽさを感じる。 「では聞きたいことを聞くぞ」  すると再度大きく息を吸うカイニス。俺は大声に備えて耳を塞ぐ。 「若造! お主の野望はなんだ!?」 「や、野望?」 「あぁ、野望だとも! 男なら一つや二つはあるだろう! 身の程を超えた、大きな望みが!」  野望。そう聞かれて頭の中に浮かんだのは隕石が落ちる瞬間の光景だった。 「……地球がどうなったのかを知りたい」  桐生イトが嘘を吐いていたとは思えない。地球は間違いなく滅亡したのだろう。  ただそれでも、この目で見て確認したいという気持ちが強い。 「う~む。なんか、パッとせんなぁ」 「……急に聞かれても大層な望みなんて出ない」 「小僧といい丸いのといい、うちの雄連中は……」  不貞腐れてブツブツと何かを言っている。俺の答えはあまり良いものではなかったらしい。 「じゃあ女の好みはどうだ。どんな女が好きだ?」 「好きなタイプか……」  難しい質問だ。何より馬鹿正直に答えても恥ずかしい思いをする気がする。 「……思いつかない」 「なに、少しくらいあるだろう。会議室にいた女の中では誰が好みだった?」  会議室というのは桐生イトと話した部屋のことだろう。  あの時にいた女性。エイレネと、赤髪の女性と、金髪の女性と、メイド服。おそらく四人だが、顔を見る時間は無かった。 「顔をあんまり見ていない」 「はぁ……じゃあエイレネはどうだ? 好みか?」  溜息は聞き逃そう。  エイレネ、か。 「可愛い、けど……ちょっとアホな気がするのと、神秘的すぎる気がする」  エイレネは誰が見ても可愛い部類に入る。ただ好みのタイプと言われると、人間より遥かに神秘的な気がして触れにくい。  もちろん翼があることも理由の一つだ。 「ちょっとではない。特大の阿呆(あほう)だ」 「確かに」 「それとエイレネはやめておけ。あれを嫁にすると毎日白飯におりーぶおいるとやらをかけられるぞ」 「確かに」 「若造からも言っておいてくれ。あの臭いが漂ってくるとどうも食欲が失せるのでな」  確かに、オリーブオイルの臭いがする中でご飯は食べたくないな。 「まぁ、分かった。ワシに聞きたいことがあれば受け付けよう」  聞きたいこと、か。それなら一つ思っていたことがある。 「カイニスは移動の神格体って感じはしないな」  エイレネは確かに平和の神格体って感じがする。白が基調で翼はおそらく鳩をモチーフにされているものだから。  しかし移動の神格体と聞いて筋骨隆々の髭親父は想像できない。 「これがワシの神格体に成った時の姿だ」 「なんで写真持って……これがカイニス!?!?」  そこに写っているのは髭は一切生えておらず、筋肉はあるものの俊敏に動くことができるであろう青年の姿。身長も一七〇ほどだろう。 「(みな)に移動ぽくないと言われるから予測して持ってきておいたのだ」 「その用意周到さも印象違いだ……」 「まぁ、ワシの(ゾイ)は俊敏に移動するというより空間ごと移動するものだからな。動かず移動する以上、俊敏に動ける必要性は無かったということだ」  カイニスは、であれば自分を磨くまでと付け足した。  やはり神格体は言葉を元に擬人化しているようだ。人の姿から元の言葉の方向性くらいは分かるのかもしれない。 「ムッ、そろそろ時間だな。話したいのは山々だが次が控えている。立ち去るとするか」  カイニスが立ち上がる衝撃で部屋が揺れる。ドアへと向かい、開いた先にいたのはエイレネ。  どうやら聞き耳を立てていたのか、エイレネは頬を膨らまし、眉間に(しわ)を寄せてカイニスを睨みつけている。カイニスはそれに頭を搔きながらエイレネと立ち去った。
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