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第4話 言葉の神格体——ライナリーヴァ——
しばらくしてコン、コンとノックが鳴り響く。
面識があるのは桐生イト、エイレネ、カイニス。イトが来ることはないだろうし、エイレネとカイニスは自己紹介を済ませている。
つまりこれから訪ねてくるのは会議室にいた初対面の神格体達ということになる。
「はい」
ドアを開けるとエイレネより遥かに大きい翼を生やした金髪の女性が立っていた。
「初めまして、ヤト様。私はライナリーヴァ、どうぞお好きなようにお呼びください」
この感じは初めて会ったエイレネに似ている。慎ましく美麗で神秘的な雰囲気と口調、声色。話しているだけなのにどこか癒される。
「あ、あぁ……俺は九重八十……って、知ってるんだよな。ごめん、中に入ってくれ」
「ありがとうございます。失礼しますね」
ライナリーヴァと名乗った女性は椅子に座るのではなく、テーブルの横に立った。
俺はライナリーヴァに促され、椅子に座る。
「では改めまして。私はライナリーヴァ、"純愛"を司る神格体。マスターに生涯を捧げ、共にすると誓った者です」
ライナリーヴァは言い終えると小さく頭を下げる。
腰まである金色の真っすぐな髪は見るだけで髪に気を使っているのが分かる。鮮やかな緑色の瞳は宝石のようで、柔らかな曲線の眉毛と目の形は優しい印象を与える。高い鼻に薄紅色の頬と唇、あまりのパーツの良さにイラストがそのまま現実になったのではないかと錯覚する。
緑と白を基調とした所々にフリルのついているワンピース。エイレネの服装をよりドレス的にした服装。そして背中から生えた一メートルはあるであろう翼がより神秘さを増している。
「ライナリーヴァはイトと結婚しているのか?」
見惚れてしまいそうになる前に質問をする。
ライナリーヴァの発言はマスターである桐生イトに尽くす意味を持っている。結婚しているのかどうかを聞いたのは単純な興味だ。
「いえ、私の一方的な愛です。私はただマスターを愛する存在ですので」
「そうか……」
桐生イトが他の女性と結ばれたら、と疑問が浮かんだが聞くことはしない。
ライナリーヴァの幸せそうな表情を見ればわかる。その質問は必要がない。
「私は愛に見返りを求めません。私が相手を愛していることが私の幸せです。そんな顔をなさらないでください」
どうやら野暮が顔に出ていたようでライナリーヴァは笑って気を使ってくれた。
「私のことをお話しますね。私は"純愛"の神格体故にこのような姿で顕現しました」
「このような姿って……天使ってことか」
「はい。元は私もマスターに創造されたキャラクターですから、マスターにとって純愛は人間に無いとお考えなのでしょう」
純愛を人間の姿で考えてみても思いつかない。確かに天使が純愛の神格体と言われるとしっくりくる。
「私の力は簡潔に申し上げると治療です。ある程度の外傷や病的なものなら時間をかければかけるほど傷を癒すことが可能です」
「それは助かるな」
「ふふ、ヤト様が傷ついた時は私に仰ってくださいね」
そういって微笑みかけられる。
「そして私の神力は一度だけ、純愛の対象の致命傷を肩代わりをすることができます。絶命する傷でも、亡くなっていなければ確定する死の未来を変えることができます」
「……神力?」
「人間的に言うのなら、必殺技でしょうか。エイレネやカイニスから聞いていませんか?」
俺は首を振る。
エイレネの平和を脅かす事象を禁止する力しか聞いていない。カイニスからは空間移動というだけで詳細は伝えてもらってない。
「普段から使用できる異能力を力と言い、回数制限のある力を超えた能力を神力と言います」
つまり力が普段から使える異能力で、神力が必殺技的な立ち位置か。
もちろんそんなことはエイレネにもカイニスにも伝えられていない。
「例えばエイレネは攻撃から身を守る簡易的なシールドを展開することができますし、カイニスなら空間移動に要する時間と人数に変動があります」
「つまりエイレネの力はシールド展開で、神力が平和を脅かす事象の禁止で、カイニスの力は空間移動だが神力を使えばもっと便利ということか」
「はい、お見事です」
言葉の神格体といっても全てが便利な訳じゃないんだな。イトの創作の範囲だから何かしらの理由があるのだろう。
「——時間ですね。ではヤト様。これから何卒よろしくお願い致します」
「こ、こちらこそ」
これから桐生イト達と行動を共にするのはもう確定している。
しかし俺はなんの為に絶望的な地球から呼び出され、果たして何故俺なのか。それが分からず、しっかりと頷くことはできなかった。
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