たまご姫

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たまごかけご飯。 昨日も、そうだった。 朝、昼、晩、たまごかけご飯。別に貧乏なわけでもないし、冷蔵庫に食材は残っている。 ただ、ちゃんと料理する気力がなくて、3日間ずっと。朝、晩、たまごかけご飯。昼は、惣菜パンかおにぎり、ペットボトルのお茶。 普段は、ロールキャベツやら餃子やら、カレーやら作る方なのだが最近は、無理だ。 でも気が向いた夜は、お椀の中でインスタントの味噌汁ならば作る。昨日の夜に飲んだのは、油揚げの具入り。 先週の金曜から、会社から帰ってきて突然、料理をする気力が全くなくなってしまった。 何かあったわけでもなく寧ろ一仕事終え、上司から「田代もよく、頑張ったね」と褒めてもらえたところである。まぁ、「よく、頑張ったね」の一言で報われるような仕事量でなかったということはある。 でも、割と好きな上司だったので、褒めてもらえて「これで、ここ一週間はモチベーション高く頑張れる」と思ったが、終業時にはそのモチベーションは消費しきっていた。 今日も、卵かけご飯を食べる気満々で家路を辿っていた。スマートフォンを見ると、21時ちょうど。 真っ暗な夜道を、ほぼ均一の距離感で建てられた街灯が照らしている。 家につくと、台所に直行し台所のシンクで手を洗う。帰ってすぐに夕飯が食べたいので、ハンドソープは洗面台ではなく台所に置いている。 いつも通り、冷蔵庫を開けてたまご入れの位置を見たら一つ、おかしなたまごがあった。 なんだか、うすい赤紫のような色をしている。 一瞬、腐っているのかと思ってしまったが、それにしては見れば見るほど、悪くない色である。 茄子の色のような、花のエキスで色付けでもしたかのような、そんな品のいい色の付きかたである。 とりあえず、いつも通り割ってみることにした。 今日は、いつも以上に疲れているし、たまごはおかしな色をしているし。 面倒くさいのでお椀に割らずに、よそったご飯の上でそのまま、割ることにしよう。 カンっとなれた手付きでたまごの殻にヒビを入れ、蛍光灯に照らされた白いご飯の上に玉子をかけた。 玉子をかけたはずだったのだが、そのたまごの殻から出てきたのは、玉子ではなかった。 小さな、女の子である。 透明でどろっとした卵白に包まれた、小さな裸の人間と思わしき形の女の子だった。 「へぁ、ぱふぁ、ぁあ」といった鳴き声というか音を、卵白の濃いところを頭からひっかぶった状態で、口を大きく開け、何か発声している。保温していた米に埋まりかけ、脚を少し熱そうにしている。 まず、米の上から避難させ、この子の体から卵白を除去してあげないといけない。 良い安定感で白ご飯の上に乗ってはいるが、食べるわけにはいかないと感じた。 ゾンビゲームが大好きな私の三倍くらい、残虐性のある人種なら、何も気に留めず、醤油をかけて、この子を食べるかもしれない。 「ほらあ、こっちおいでぇ、おいでー」 玉子から出てきた女の子に、優しく声をかけて両手を広げると開きにくそうな目を薄く開けて、彼女はこちらを見た。 「はぉぽ」というような発声をしたが、口に卵白が入ったり出たりしていて、息苦しそうだった。 茶碗の外へ這いずり出て、どろりとした卵白やら米粒やらを身にまとったまんま、私の手に滑り墜ちてきた。 私の手に滑り落ちてきた段階に重力で、卵白の濃く重いところは、だらりと指の隙間から垂れて、床にぺシャッと落ちた。 それにより、とても扱いやすくなった。 お風呂で洗ってあげさえすればこの子は、ただのたまごの妖精さんである。 正直、あの紫色のたまごから何が出てくるのか不安で仕方なかった。怖いエイリアンじゃなくて正直、ほっとしている。 ただ、この妖精さんはたまごから生まれたという認識でまずあっているんだろうか。 たまごに寄生した、という可能性も考えられなくはない。 お風呂に連れていき、洗面器のお湯にゆっくり浸からせてあげた。手でお湯を優しくかけ、卵白を洗ってあげる。 卵白が体から落ちて、スッキリした様子の妖精さん。 「よかったねー綺麗になったねぇ」と半ば子供相手のように話しかけてみる。洗面器のお風呂を気に入ってくれたようで、ほっとした笑みを浮かべていた。たまごの妖精は、ボディーソープの泡にまみれて泡風呂状態だ。 「ありゃーとござまーう」 ありがとうございまーすと言ったのであろう。玉子をいつも買う、スーパーにいる店員の口調にそっくりだ。玉子の殻の中にいた時から、言葉を学習しているとはなんて優秀な妖精さんなのだろう。 さっきから、何か私に伝えようとしているが言葉がまだ通じづらい。 「おもらす」 「おもらししそう?」 「ちゃっ」 ちゃっといったので、違うのだろう。 「おもぅらしゅーおもぅらしーゆ…」 「あー、オムライス?」 「やい」と言ったので、おそらく「はい」なのだろう。 「オムライスを作れ」と言うことなのだろうが、今の時間からオムライスを作るのは会社員の私にとって、自殺行為と同等である。 とりあえず妖精さんに「オムライスは、明日の夜、つくる」というのを一生懸命、伝え了解を得た。それだけの交渉に、20分かかった。 一旦、もう寝よう。 妖精さん用に、端切れとコットンなどで布団をこしらえた。 今日は、とりあえずそこで寝てもらうことにしよう。 「おやすみ」 「おやすいっ」 そんなわけで、たまごの妖精はヤイちゃんと名付けられ、今では我が家の守り神となっている。 返事が「はい!」と言えず「やい!」なのでヤイちゃんにした。彼女の大好物は、オムライスだ。 おしまい。
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