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 新国立美術館で「メトロポリタン美術館展」を観た後、運動がてら、渋谷方面まで歩くことにした。日頃のリモートワークでなまった体を少しでも動かそうということだ。  しばらく歩くと、右手に開けた場所が現れた。駐車場のようであったが、フードトラックや仮設のテントのようなものが幾つか建っていて、そこで飲み物や軽食が売っていた。 「ちょっとお腹空きません?」山崎が駐車場の方を見ながら言った。 「あぁ、そうだね。あそこでなんか食べるか」一通りまわって、何が売っているか見たが、結局一番手前にあったピザを売っているフードトラックの前で足を止めた。洒落たイタリアンレストランの前によくある、小さな黒板のような看板にメニューが書かれていた。空腹な山崎は、ろくにメニューも見ずにカウンターに向かっていった。 「パルマピザ一つお願いします」 「かしこまりました。900円になります」黒いキャップに、ジーンズ生地のエプロンを着た女性がニコリと笑った。「お時間、少々かかりますので、こちらの番号札をお持ちください。準備できましたら、お呼びいたします」  俺がオーダーをしようと一歩前に出たとき、看板に書かれている文言が目に入った。『前橋産無農薬トマト使用!農家さんから直接仕入れています。』その文言の下には、真っ赤なトマトを両手いっぱいに抱えた、作業着姿の中年男性の写真が貼ってあった。思わぬところで、地元の名前が出てきたことに少し驚いた。写真の中の男性は、照れくさそうに、けれど誇らしげに笑っていた。近くのベンチに座りながら、ピザを頬張ると口の中でトマトの爽やかな風味と、100㎞先の地で地元の物を食べていることの違和感が同じ速度で広がった。
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