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第67話 馬子にも衣装ってこういう事?
アレスとゼリアを案内し終えたグミは、カレンのところに戻ってきていた。カレンは現在、衣装合わせの真っただ中である。人間たちの世界では色とりどりでドレスで、特に白などの明るい色を用いるのだが、魔族領では暗色寄りの落ち着いた色のものがよく用いられる。カレンも金髪碧眼というアレスと似た容姿という事で、そのドレスは暗色の青系で仕立てられていた。胸にあしらわれた飾りは、魔族領では幸運を授ける花として知られているものを元にしたものである。
「うわぁ、カレン様素敵です」
カレンの衣装合わせを見て、グミは正直に声を漏らした。カレンもまんざらではない様子。
「グミ、お帰りなさい。お兄様たちは到着されたかしら」
「はい、今しがた魔王様と謁見されたところです」
カレンから尋ねられたグミは、嬉しそうに答えていた。姉であるゼリアに久しぶりに会った喜びである。だが、カレンの兄であるアレスと仲睦まじそうな姿に、ちょっと嫉妬も覚えていた。ここまで感情のあるスライムも珍しいものだ。
「正直、あたし以外にお姉ちゃんを取られて悔しいですけれど、あんなお姉ちゃんを見たら何とも言えなくなっちゃいます」
「へえ、スライムにもそういう感情あるのね」
「お姉ちゃんとは付き合いが長いですもの」
グミはそう言って、カレンの衣装合わせの見学のために椅子に座った。衣装合わせ自体は魔王の直属の使用人たちが行っているので、グミ自体にやる事がないのだ。
グミはカレンの姿に見惚れている。本当にあの脳筋な行動さえなければ、カレンは美人なのである。黙っていれば美人なのである。動いたらそれはもうただの魔族領に居る魔物のグレーターコングと変わらない。目を血走らせて魔物や魔族を殴り倒す姿は、何度思い出しても恐怖そのものである。
(うぅ、いいなあ。あたしもああいう姿をしてみたい。お姉ちゃんだってしてたんだし、あたしもそのうち着る機会あるわよね?)
カレンの姿を見ながら、グミはそんな事を思っていた。魔物でも女性なら憧れてしまうのだろう。結婚衣装とは本当に不思議な魅力に溢れているのだ。
しばらく堪能していると、衣装合わせが終わる。カレンの表情を見るととても満足げのようである。その表情にグミはほっと胸を撫で下ろしたようだ。
グミはカレンとともに部屋へと戻る。
部屋に戻ったカレンは、ドカッと勢いよく椅子に座る。脚を組んで不機嫌そうに肘をつきながら下唇を突き出している。この様子にあかんと思ったグミはすぐに紅茶を用意する。
「カレン様、何をそんなに不機嫌にされてるのですか」
グミは恐る恐る聞いてみる。聞いちゃいけないとは思いながらも、あまりの不機嫌さに聞かざるを得ない。
「きれいなのはいいんだけど、ああいう衣装って窮屈よね。動きやすい服がいいわ」
聞く限りは、どうやらコルセットがかなり不評のようである。まあ結婚衣装とはそういうものだし、お姫様に代表される貴族衣装なんてものはそういうものだから仕方がないと思われる。
だが、相手はグレーターコングなお姫様だ。一般的な貴族令嬢をイメージしても通用しないのである。口より手が先に出るカレンにとって、動きやすさが損なわれるのは一大事なのである。
「せめて、せめて結婚式の間だけでも我慢願えませんか? 魔王様の体裁もございますし、たまにはその美しさと可憐さを魔族領にアピールして下さい」
グミは必死に説得する。それに対して、カレンはとても悩んでいるようである。暴れられないのはつらいが、魔王に迷惑をかけるのも嫌だと、予想外の葛藤をしているようである。これが恋する乙女か。
「魔王様のためなら、……仕方ないわね。でも、結婚式の間だけよ?」
どうやらおとなしくする事を了承してくれたようである。これに対して、グミは再び胸を撫で下ろした。
「それで、グミ」
「はい、何でしょうか、カレン様」
「お兄様たちはどうだったのかしら」
落ち着きを取り戻したカレンは、アレスたちについて問い掛けてきた。
「はい、アレス様は相変わらずでしたよ。お姉ちゃんとはそれはもう、見てるこっちが恥ずかしくなってくるくらいでしたね」
グミは二人は羨むくらいにラブラブだと答える。それに対して、カレンは少し考え込み始めた。グミが嫌な予感がしつつ首を傾げていると、カレンは突然手の平をもう一方の拳で叩いた。
「よし、会いに行きましょう」
(ああ、やっぱりそうなるのね)
カレンの言葉にグミは、心の中でため息を吐いた。目の前で吐いていたら、間違いなく拳が飛んできただろうと思ったからだ。
グミは反論する事を最初から放棄して、カレンの言う通りにする。
「一応、どこの客室を使うかは伺っておりますので、案内致します」
グミは諦めた表情で立ち上がって、カレンを先導する。何とも感情の変化の忙しいグミである。
魔王城内を歩く事、10分ほど。ようやく、アレスとゼリアが滞在する客室の前へとやって来た。深呼吸をするグミの横で、カレンがわくわくそわそわと落ち着きを無くしていた。
よしと意を決したグミが扉を叩いて中へと呼び掛ける。
「アレス様、お姉ちゃん、カレン様をお連れしました」
しばらく待つと、扉が開いて中からルチアが顔を出したのだった。
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