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深夜の空には月が輝いていた。 まるで夜は自分の時間だといわんばかりに、今夜は満月となって地上を照らす。 そんな静まり返った夜に、ひとりの少女が灯りの付いた建物に歩を進めていた。 年齢は十代前半――まだまだ幼さが残る猫の耳と尻尾がある獣人の女の子だ。 その女の子は、頭と顔をフードで隠し、いかにも怪しい感じだった。 彼女の名前はケット。 ケットは事情があって、今目の前にある建物へ侵入しようとしている。 それはノックなどせず、家主に黙ってだ。 窓からそっとのぞき、中の様子を確認しようとするケット。 そこから見るに、灯りこそ付いているが、人がいそうな気配はなさそうだった。 「うーん、おかしいなぁ。調べた話だと、ここに連中がいるってことだったけど……。よし、とりあえず入ってみようか」 ブツブツと独り言をつぶやきながら、ケットはその場で跳躍(ちょうやく)して建物の屋根まで飛んだ。 しかも着地音すら鳴らさず、もちろん足音も立てずに、二階の開いていた窓から建物内へと入っていく。 暗い廊下を進み、まずは二階、それから一階と、コソコソと誰かいないかを調べる。 「やっぱりいない……。でも灯りはつけっぱなしだし、少し前にいた形跡はあるよね? うーん、こいつは困ったぁ。また一から探し直しだよぉ……」 ケットは猫耳をペタンと寝かせて、ガクッと肩を落とした。 その様子からして、彼女の探していたものはここにはないようだった。 部屋にあった椅子に腰をかけ、ケットがこれからどうしようかと考えていると――。 「おい、お前。こんなところで何をしている?」 長い黒髪を一つに束ねた女が立っていた。 いや、少し大人びては見えるが、よく見るとケットとそう変わらない年齢に見える。 「い、いやー、ちょっと……ね」 ケットは女の顔から持ち物へ視線を移した。 手には大きな袋ひとつ。 腰には剣がひとつ。 彼女は旅の剣士か何かか。 ケットは女の身なりからそう思ったが、すぐに違和感を覚えた。 その理由は、彼女の背中に五本の剣が背負われていたからだった。 腰の剣と合わせて得物が六本? 人の手は二本、それは亜人だろうが魔族だろうが変わらないのに、どうしてそんな必要のないものを背負っているのだろうか? もしかしたらこの女は剣士ではなく大道芸人なのではと思いながら、ケットは自分に敵意がないことを女にアピールした。 両手を上げて「あたしは悪い人間じゃないよ」と言いたそうに笑みを返す。 「続けて訊ねる。お前はこの家の関係者か?」 「そ、そうだよぉ。来たら誰もいなくて困ってたところだったんだよねぇ」 「嘘だな。外で窓をのぞいていたのも二階から入ったのも見ていたぞ。しかも音も立てずに、関係者ならそんなことする必要はあるまい」 「うぅ!?」 女は剣を抜き、ケットに向かって刃を突きつけた。 どうやらこっそりと建物に侵入するのを、彼女に見られていたようだ。 ケットは上げていた両手を下げると、むぅと(ほお)をふくらませる。 「イジワルだなぁ。知ってて訊くなんて」 「一応確認しただけだ。怪しい奴め。捕らえて侵入した理由を吐かせてやる」 女がそう言った次の瞬間。 ケットは突きつけられた剣を蹴り飛ばし、窓を突き破って外へ出た。 こんなところで捕まってたまるかと、彼女は全力で建物から離れていく。 だが、女はケットのことを追いかけて来ていた。 「逃がすか! わたしの剣を受けてみろ!」 「なに言ってんの? この距離で剣が届くわけないでしょ。って、うわッ!?」 ケットが振り返ると、そこには五本の剣が彼女の背中まで飛んできていた。 それを女が背負っていた剣だと、ケットはすぐに気がつき、慌てて避ける。 だが、五本の剣は避けても避けても追いかけてくる。 飛んできたのを(かわ)すと宙で再びケットのほうへと向き、何度も突進してきた。 「あわわ! どうなっているんだよこれ!? お化け屋敷じゃあるまいし、剣が勝手に動くなんて!」 「何がお化け屋敷だ! これはわたしの魔法で操っているんだ!」 「魔法? でもあなたは大道芸人じゃないの?」 「わたしのどこをどう見て大道芸人だと思ったんだ、お前は!? わたしはアスラ·ディーカルト、世界連合の軍に所属する六刀流の剣士だ」 アスラと名乗った女は、剣を構えたまま声を荒げた。 彼女が口にした世界連合とは、この世にある国をすべて統べる組織の名だ。 いつから世界連合が現れたのかは、今の時代に生きている者で知っている者はいないだろうが。 世界連合によって国同士の戦争は終わりをつげ、世の中が平和になったと言われている。 そんな組織はもちろん治安維持組織を抱えており、どうやらアスラはその組織の、いや軍の人間のようだ。 女の正体は旅の剣士でも大道芸人でもなく、世界連合の軍人だったことに驚いていたケットは、向かってくる五本の剣を避け続けていた。 なんとか躱し続けているものの、このままではジリ貧だ。 そして何よりも、剣を握ったアスラがもう目の前にいるのだ。 「もうこれ以上は逃げきれんだろう。さあ、あきらめて捕まれ」
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