狂おしいほどに愛おしい

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神奈(かんな)ちゃん、またねえ」 小学校でいちばんの仲良しの深月(みつき)ちゃんが、こちらを振り返り、大きな声で叫ぶ。 「うん、バイバイ! また明日学校でね」 神奈(かんな)もたくさん手を振って、薄紫のランドセルを見送る。 曲がり角で友だちの姿が消えてしまうと、肺をふくらませて方向転換。 神奈は、いつものように神社の鳥居をくぐる。 境内へつづく石階段。 軽快な足どりでのぼっていく。 イチ、ニ、サーンとリズムをつけて。十段を超えたあたりから鼻歌まじりになる。 季節は秋。 夏のなごりといえば蝉の死骸くらいのもので、あたりに漂う空気は冷たい。 小学一年生になった神奈も、入学式から半年も経てば今の生活に慣れてくる。 学校帰りに、通学路にある神社へ寄り道してしまうのも、その〝生活〟の一部だった。 神楽殿そばの木製ベンチでひと休みするのが、神奈のひそかな楽しみだ。 きっかけは、お父さんに買ってもらった可愛らしいピンクの水筒。これを使いたいがために、毎日ランドセルにお茶をしのばせている。大好きな神社の空気を感じながら、お気に入りの水筒から飲むお茶はすごく美味しいのだ。 一度、このルーティンに()まってしまうと、そこから抜け出すのはなかなか難しい。 だから今日も、神奈は石階段のてっぺんに着地する。 「あっ」と声をあげた。 足もとに、小さな花びらが落ちている。 顔を上げると、手水舎うらの木のひと枝に、手毬のような花がついている。 (あれってもしかして、桜じゃない? でも今は秋なのに) おかしいなあ、と思う。 この神社はお父さんとよく散歩に来ていた。 でも、こんな寒い季節に桜なんて見たことない。 本当にあの花は桜なんだろうか? 気になって、神奈はその大木に近づく。
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