狂おしいほどに愛おしい

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小柄な自分でも、背伸びして腕を伸ばせば届きそうだった。神奈は、そろりと片手をあげる。 「その花、とっちゃだめだ」 突然、うしろから声をかけられた。 びくっとして振り返ると、ひょろりと背の高い男の子がいた。 あまり優しくない物言いに、神奈はすぐさま手を引っ込める。知らない子から注意を受けて、胸がどきどきと鳴った。 大きいお兄ちゃんは、ちょっとこわい。 自分より頭ふたつぶんほども高いから、もしかしたら中学生かもしれない。 「枝を折ろうとしたんじゃ、ないよ。秋なのに桜みたいなのがついてたから……本物かどうか確かめたかっただけ」 神奈は、うわ目で相手の様子をうかがいながら反論をこころみた。 「なんだ、盗ろうとしたんじゃないの。なら触ってもいいよ。この高さ、届く?」 神奈はこくりと頷いた。 けれど、本当に届くかどうか自信がない。 すると、のっぽの少年は枝に手を伸ばし、神奈が触りやすいように少し下げてくれた。 おりてきた花手毬を、優しく……というより、おそるおそる指の腹でなでた。柔らかい。やっぱりちゃんと桜の花びらだった。 「狂い咲きだよ。本当は三月とか四月に咲く桜が、季節外れに花ひらくんだ」 「へえ、そんなことあるんだ。このこ、どうして間違えちゃったんだろう?」 「この桜の木はね、ぼくのじいちゃんのことが好きだったんだよ。だけど今年の四月にじいちゃんが死んで、それでこうやって季節外れに花を咲かせる」 確かに男の子の言うように、はらはらと風に舞う花びらは、桜の木の涙のように思えた。
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