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異様な状況だった。
窓を背にした永野部長のデスクを中心に、半円を描いたように社員たちが遠巻きに見ている。
「くそ、なんだこれは!」
部長は立ち上がり、白いドロドロを払い落とそうとしていた。が、フロアに落ちたドロドロは、芋虫のように動いて部長の足元から這い上がっていく。どんどん体が覆われていく。
「救急車呼びました」「拭いてあげたほうがいいんじゃ」と声がするも、誰も近づこうとしない。私も足が動かない。
そこで、部長が私に気づいた。
「三羽、お前のしわざか!」
口にかかるドロドロをぬぐい、私を指さす。
「えっ」
「お前のたまごがなくなってるじゃないか!」
皆の注目が集まる。
「わ、私なにもしていませ……」
「うるさい!」
怒鳴り声に足がすくむ。部長は一歩、二歩と私に近づく。足取りは映画で見たゾンビのように不規則だ。半分蝋をかぶったようになっている。
「お前、ミスばっかする足手まといのくせに、これ以上俺に迷惑かけるのか!
今すぐこれをどけろ!」
時折顔をしかめながら怒鳴り散らす部長。ドロドロに侵食されていく。
これまでに怒られた場面がよみがえる。
動けない。
急に視界が暗くなった。
「何も根拠がないでしょう、やめてください」
私と部長との間に、小石主任が立っていた。
「小石、そこをどけ!
どいつもこいつも、くそっ、頭が……」
うわぁあ、と叫び、部長は一瞬白目をむいた。
そして白い体は崩れ落ちる。
誰かの悲鳴。
ドロドロは、部長の体に吸い込まれるように消えていく。
大岩先輩が駆け寄り、部長に触ろうとしたその時。
バン、と背後のドアが開いた。
「触らないでください! 救急隊です。その場から離れて」
何が何だかわからないまま、防護服を着た人たちに部長は運ばれていった。
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