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卵の可能性
ファミレス午前二時。深夜の静かな店内で、正志と四方山はテーブルを囲み、ドリンクバーだけの注文で、ダラダラと話をしていた。
正志はボーっとタバコを吹かしている。タバコがあれば、ジュースだけでも随分、時間も精神も保つものだ。
「なあマサやん」
ふいに、四方山が何かを思いついたかのように切り出す。
「なんや?」
「卵って可能性の塊やと思わん?」
「なんや急に? そんなん考えたこともないわ」
「ご飯と醤油だけで一品できるやん」
「まあできるわな。でもそれで可能性言うんは、小っちゃいわ。塊、言うからには、もっとなんか持ってこいや。卵の可能性はデカくても、卵かけご飯にした時点で完結やろ」
「いやいや、納豆かけたら広がると思わへんか?」
「卵かけ納豆ご飯で完結や! 塊を寄こせ!」
「ほな、ゆで卵でどないや? 塊やろ」
「そういう塊はいらんねん。可能性の塊を持ってこいよ」
「ゆで卵に何つけて食べんねん?」
「塩でもマヨネーズでも、好きなんつけたらええがな」
「ほら! いくらでも味変できる可能性や」
「しょぼいねん! お前の言う可能性の塊は、そんなレベルでええんか!? もっと世界広げろや! 海を渡っていけよ!」
「鮭の卵でどないや?」
「川魚や! 海を渡れえ! いや、ちゃうがな! なんでもアリか! 鶏の卵限定でこっちは聞いとんねん!」
正志が連続で大声を出したためか、店員が彼らの方へ向かってくる。
「申し訳ございません、お客様。もう少しお静かにお願いできますでしょうか」
正志は、咄嗟に店員に謝る。
「あ、すいません。気をつけます」
店員が去ると、正志は四方山に小さく吐き捨てる。
「なんで俺が謝らなアカンねん。お前がしょうもない話するからやろ」
「卵に可能性感じとるからな」
「もう卵の話題やめよや」
正志は、消えかけのタバコを灰皿に押し付けて、今日何本目かのタバコに再度、火を点ける。
「ええ? なんの話する?」
「とりあえず、なんか頼も。ドリンクバーだけで目ぇ付けられたないし」
正志が手元のチャイムで店員を呼ぶ。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「えっと、ミートソーススパゲティお願いします。四方山は?」
「オムレツを・・・・・・」
「卵やめえ! すいません店員さん。もうそれでいいんで」
注文を取った店員は、怪訝な顔をして奥に下がる。
「どないしたんや? 卵の何がお前をそこまで掻き立てんねん」
「可能性や。卵を掻き立てたら何ができるか、それを試したいねん」
「お前の中にある少年心はどうでもええし、掻き立てるにかけるのやめろや。俺がイライラするたびに、店員に目ぇ付けられんねん」
「卵がイライラの卵か? イライラも一人前になったら卵卒業や」
「もはや訳分からへん。生卵でお手玉でもやっとけや。割らずに、どんだけできるかのチャレンジや」
「ええなそれ! 他にないか?」
「レンジで卵をチンすんねん。ほんで、卵が割れるかどうかのギリギリで、レンジを止めるチキンレースや!」
「チキンライスに卵合うよな!」
「お前のは小っちゃい言うとるんじゃコラァ!!」
「小っちゃい卵ってウズラか?」
「物理的にやない! 考え方が小さいねんお前はぁ!!」
正志が怒鳴り声を上げたその時、店内に警官が入ってきた。
「あそこです、お巡りさん!」
店員が通報したらしい。正志が四方山を怒鳴りつけている姿に何かを感じたのだろう。
「店内で騒いでると通報があった。話は交番で聞かせてもらう。同行してもらおうか」
「え!? 俺!? いやいやコイツ逮捕しろや! さっきから訳分からんこと言うとんねん!」
その対応が良くなかった。実際に怒鳴っているのは正志の上、警官への非協力的な態度が災いし、腕を後ろに回され、彼は連行されることになった。
「離せコラァ! 四方山ぁ! 卵の話は終わってへんからなぁ!」
怒鳴り声と共に連行されていく正志が最後に見たのは、先程注文した正志のミートソーススパゲティと、四方山の注文したオムレツが、テーブルに運ばれる様子だった。
四方山は、満足気にオムレツを口に頬張っている。
「卵の話題で警察沙汰かぁ。可能性感じるなぁ。色々言うたけど、やっぱり卵は食べるんが一番美味いな。これがコロンブスの卵か」
ファミレス午前二時。冷めてしまったミートソーススパゲティは、もう温かくなることはなかった。
完
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