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運良く空きがあったその店でのオーダーは、『この服装に合わせてできるだけ派手にして欲しい』だった。
「本当にいいんですか? こんなに綺麗な黒髪に色入れちゃって……」
商売であるはずなのに、美容師は戸惑っている。腰まで届きそうなバージンヘアはどこにも傷みなどなく、誰もが憧れるような髪質だ。髪を触りながら尋ねている美容師ですら羨ましいと思うほどに。
「はい。金髪でもいいので。お願いします」
容姿は日本人形のような淑やかさと上品さを兼ね備えている美人なのに、服装はまるでギャルのようなチグハグな客のオーダーに美容師はより戸惑っていた。
「髪質もあるのでいきなり金髪は難しいですよ。色が入りにくいと思うので」
「そうですか……。では、この服装でも浮かないくらいにはできますか?」
「もったいないですけどやってみますね」
なんだか理由ありの客に顔を引き攣らせながら美容師は仕事に取り掛かった。
そうして出来上がったのが、このホテルには似つかわしくない、露出の多い服装で明るいブラウンヘアにギャル風メイクをした実乃莉だった。
それが功を奏したのかそれなりに周りからジロジロ見られながら、指定されたレストランの入り口の前で立ち止まる。深呼吸を一つ行うと実乃莉は覚悟を決めるように拳を握った。
(絶対……。絶対、断らせてみせるから! このお見合いを!)
自分からは断れない状況の実乃莉は、相手に幻滅され向こう断られるようにこんな作戦に出たのだった。
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