1.始まりから間違いでした

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鷹柳(たかやなぎ)です」  レストランの入口で名前を告げると男性スタッフは一瞬眉を顰めたあと恭しく頭を下げた。 「お待ちしておりました。お連れ様は先にお見えです」  実乃莉の不安をよそに男はもう一人のスタッフに目配せした。相手は実乃莉よりほんの少し年上だろうか。まだ慣れていないのか、ぎこちない笑みを浮かべて「ご案内いたします」と会釈する。実乃莉は意識して背筋を伸ばすとそのスタッフのあとに続いた。  このレストランの目玉と言っていい大きな窓の向こうは遮るものもなく、ミニチュアで作られたようなビルの群れが広がっていた。それを見下ろすことのできる特等席には、休日の昼下がり、優雅にコース料理を楽しむ客たちで埋まっていた。 (相手はどんな人なんだろう……)  ドキドキしながら実乃莉は通路を歩く。  父から、ほぼ結婚することが決まっている相手の写真と身上書を受け取ったのは一週間ほど前のことだ。 『斎藤先生の公設秘書をしていて経歴も申し分ない男だ。粗相のないように』  父の言う『斎藤先生』とは、祖父と同じ派閥の議員でパーティで会ったことがあった。けれどその秘書の顔までは覚えていなかった。  一人娘の実乃莉の結婚相手となれば将来は鷹柳の名を継ぎ、議員への道も開けている。そんな将来が約束され、祖父のお眼鏡にかなったのが今回の相手というわけだ。 (どんな人だとしても……とにかく嫌われなきゃ)  今までは大人しく家に従ってきた。そしてこれは初めての反抗だった。  初めて交際する相手くらいは自分で見つけたい。そんなささやかな願いを叶えるために。それが、結婚に至ることはないとわかっていても。  
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