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「こちらでございます」
スタッフに案内された席は、角にある一番景色の良い場所だった。すでにスーツ姿の男性が座っていたが、実乃莉は目を合わさないよう、そそくさとそこに座った。
「ではごゆっくりお寛ぎください」
仰々しく一礼するとスタッフは席をあとにする。そのあと実乃莉は、ゆっくりと前の席に視線を移した。
まず見えたのは黒く艶のある革靴。傷も汚れもなく、手入れされているのが分かる。次に見えたのは組んだ足。かなり長いのか、そう小さくないはずの椅子からはみ出ていた。
(かなり背が高いみたい……)
足元から徐々に視線を上に動かしながら実乃莉は思う。スーツ越しでもその体格の良さは見て取れた。
それから次はスマートフォンを持つ大きな手が目に入る。その指が綺麗で、実乃莉の胸がドキリと音を立てた。
(なっ、何考えてるの?)
実乃莉は自分を嗜めながら、恐る恐る視線を上に向けた。
目に飛び込んできたのは、三十代半ばだろうか。男は訝しむように眉をひそめていた。そんな表情だったのに、実乃莉は息を呑んでその顔を眺めていた。
美術館で見た彫像のように均整の取れた顔。彫りの深いその顔は、美しくもあるが猛々しくもあった。緩やかに後ろに撫でつけられた黒髪は、その顔の迫力を一層増していた。
しばらく呆然と目の前の男を眺めてから実乃莉はハッと我に返る。
「遅れてもうしわけありません。鷹柳です」
あまり常識がなさすぎると思われるのも……と実乃莉は謝罪する。だが向かいの男は一層眉をひそめていた。
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