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「良かった。傘をさしてる」
雨が降り込むのも構わず、窓が開く。助手席まで乗り出す彼に貴雄は小首を傾げて答える。
「はい、出掛けにメールが来ているのに気づきました」
「そうか、間に合って良かった。濡れ鼠になってやしないか心配になって迎えに来てしまったよ。まぁいい、さぁ、乗って」
「はい、ありがとうございますーー柊さん」
貴雄と柊、二人の和解はふいに訪れた。柊が引っ越しの手伝いを申し出た事が切っ掛けとなった。そもそも揉めるというより、互いを意図的に避けていただけで、膝を絡ませ話してみれば誤解も多く、食の好みも良く合う。
「カレー楽しみだな。うちは二人暮らしだろう? なかなか作りたがらないんだ」
柊が雨の臭いを纏う制服に小鼻をひくつかせたのを貴雄は見逃さない。その代わり妻の話は見逃す。
貴雄の取捨選択の上手さは本人も時々怖くなるくらいだ。柊相手だと匙加減ひとつで事態は狂いかねない。ハンドルを握る切り揃えた指先に取り零されぬよう、貴雄は自らの表情筋を会話の流れへ乗せた。
「それ分かります。鍋一杯に作っちゃうと三日間くらい食べなきゃいけなくなりますし」
「あ、荷物は後ろに置いて」
後部座席を覗くと有名ブランドのショップ袋が置いてある。貴雄に用意されているのは明らか。ここで大事なのは大袈裟に喜び過ぎないこと。
「柊さん、これ、もしかして!」
「君が欲しがっていたのを覚えていたからね」
「ありがとうございます!」
トラップを仕込んでおきながら清潔な笑みを浮かべる柊。
貴雄はシートベルトを締めつつ、フロントガラスを伝う雨粒が格子と似ていると思った。
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