3人が本棚に入れています
本棚に追加
2023年
その2023年の春が来た。今年は過去にないほど桜が早く咲いている。それは処理水の放出を早めようとしているようで、優貴は今まで以上に桜を忌々しい気持ちで見上げた。
「おじさん、待った?」
聞き慣れた声に振り向くと、一人の少女が立っている。19歳になった灯だ。
「いや、さっき来たばかりだよ」
ここは彼女が卒業した逢瀬小学校。思い出の桜が見たいと灯が言ったので、待ち合わせ場所にしていた。
「大学はどうだ?」
今、彼女は県外の大学に通っている。
「うん、とっても楽しい!」
この笑顔なら嘘ではないだろう。あの日、桜が舞い散る中で大粒の涙をこぼした女の子を思い出し、優貴はホッと胸をなで下ろした。
「それじゃ、行こうか」
今日は春休みで帰省した灯とデートだ。新型コロナの影響でこの数年、ほとんど会っていなかった。
原発問題も解決していない。むしろ自公政権は国民のエネルギーに対する不安に付け入り、原発の立て直しや稼働期間の延長を決定した。
「おじさんって、桜がキライなんだっけ?」
灯が顔をのぞき込んでいる。
「ああ……あんまり好きじゃないかな」
「昔からそうだった?」
「う~ん、花より団子かな、おじちゃんは」
「そうだッ、お祖父ちゃんに花見団子、買っていこう!」
「え? いいよ気を使わなくて」
「そんなこと言わずに、お母さんと栞も呼んで、みんなでお団子食べようよ!」
東日本大震災と東京電力第一原発の事故は、未だに深い傷を福島に残している。そして政府はその傷を癒やすどころか、ある意味でさらに傷口を広げているのだ。
しかし、今日ぐらいは嫌なことや不安を忘れて、姪たちと過ごす時間を楽しんでもいいだろう。
-終-
最初のコメントを投稿しよう!