自主避難

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自主避難

「いらっしゃい」 「おじちゃん!」  玄関のドアを開けると二人の姪が抱きついてきた。  姉の(あかり)は7歳で4月から小学二年生になる。妹の(しおり)は5歳だ。 「二人とも久しぶり。さぁ中に入って、おやつを用意してあるよ。姉貴も疲れただろ? 散らかってるけど上がって」  晴花の顔はだいぶやつれていた。地震の被害だけではなく、原発事故による放射能汚染で水道が使えなくなるなどの影響も出ている。そのため自主的に郡山から避難する人たちも多くいた。晴花も娘たちが被爆するのを恐れて三人で避難してきたのだ。ただし、夫の秀晃は小規模ながら会社を経営しており、そちらを放り出すことができずに郡山に残った。そして優貴の父も避難を拒否して留まっている。 「姉貴と来いよ、かわいい孫と一緒にいられるんだからいいだろ?」 「こっちで色々やることがあんだ。それに誰もいないと、ドロボウさ入られる」 「どうせ盗られるモンなんて無いだろッ。ガラクタばっかなんだから」  父の説得はまったく上手く行かなかった。そして姉と二人の姪が一週間後、上京してきたのだ。 「謙遜じゃなく、本気で散らかっているわね。あんた、少しは部屋を片付けなさいよ」 「ごめん。これでも慌てて片付けてはいるんだ」  姉はともかく出来れば姪たちに汚い部屋を見られたくはなかった。  優貴が借りている物件は3Kで、六畳が一間、四畳半は二間ある。最寄りの駅が7km以上も離れたへんぴな場所にあるため、家賃は管理費込みで四万円以下と破格だった。場所が場所だけに友人も来ないため、すべての部屋を散らかし放題だったが、何とか四畳半一間をきれいにして姪たちに使ってもらい、茶の間にしている六畳で姉を寝泊まりさせようと考えていた。 「なに言ってんの? 茶の間に寝るのはアンタよ」  自分が寝室にしていた部屋は姉に奪われた。  独り暮らしの静かな生活がにわかに賑やかになった。しかし、いつまでこの生活を続けるかが問題だ。 「1、2週間で原発がどうにかなるとは思えないわ。放射能だって消えはしない」 「おれもそう思う。姉貴さえよければ、いくらでもウチに居ていいよ。部屋は返してもらうけど」 「何ヶ月もいるなら灯を転入させなきゃいけない。そうなるとこっちで部屋を借りたほうがいいわね。あの部屋はあたしのものだけど」 「出てくなら返せよ! で、義兄(にい)さんは何て?」 「とにかく娘たちの安全を最優先にしてくれって。落ち着いたらこっちに顔を出すって言ってたけど……」 「新幹線もいつ動くか判らないしね」  東北新幹線が全線で運転を再開するのは、1ヶ月以上先の4月29日だ。 「とりあえず、しばらくは様子見ってとこかな?」 「そうね……ん?」  何だか子供部屋が騒がしい。どうやら栞が泣いているようだ。灯とケンカでもしたのだろうか。優貴と晴花は様子を見るため立ち上がった。  廊下に出ると灯の慰める声が聞こえた。どうやらケンカではないらしい。  ノックしてドアを開けると灯が栞の肩を抱いて慰めていた。 「どうしたの?」 「おウチにかえる!」  晴花の問いに栞が叫ぶ。 「さっきから、ウチにかえりたいってきかなくて……」 「そうか……知らない場所で、お父さんもいなくて寂しいよな」  優貴も栞の隣にしゃがんで頭をなでる。郡山からここまで来るだけでも10時間以上かかったのだ。それにあの震災と原発事故から1週間しか経っていない、不安になって当然だろう。 「栞、今日はお母さんと一緒に寝ようか? 灯も一緒に」  晴花がやさしく言った。 「わ、わたしは、へいき」  灯は強がっている。 「そうだね、そうしよう。これでおじちゃんは、お母さんから部屋を返してもらえる」 「いや、返さないから」  母の言葉に灯と栞が笑い声を上げた。
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