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桜が咲き始める頃に灯は編入した。千葉に避難してきて半月以上が過ぎ、たまに実家を恋しがって泣くことはあるものの栞もだいぶ落ち着いてきた。
そんなある日、優貴は学校から帰宅した灯を連れて散歩に出かけた。この日は仕事が休みで、姉から灯の気分転換をして欲しいと頼まれていたのだ。小学校に通い始めてから彼女の様子がおかしいことを優貴も何となく気付いていた。母親には言いにくいことも叔父なら話してくれるかもしれない。
優貴が住んでいる団地の近くにある道の駅でジェラートを買って、裏にある遊歩道をブラブラと歩く。桜は散り始め、花びらが舞っていた。
「見て、桜がきれいだよ」
「うん……」
ジェラートを舐めながらうつむいている。家では明るく振る舞っているが、それがわざとらしいし、ふとした瞬間、今のように陰りのある表情をしているのだ。
「なにか悩みがあるんじゃない?」
灯は顔を上げて笑顔を作った。
「ううん、ガッコウもたのしいよ!」
「そう……」
この子は嘘を吐けないな、と優貴は内心苦笑した。顔は上を向いているが、眼は叔父を見ていない。桜も見ずに宙をさまよっている。
それ以上何も聞かずに、しばらく遊歩道を歩いた。この道は川に沿って続いており、河原に桜並木が作られている。灯はジェラートを食べ終えても視線を落としたままだ。
「郡山の桜はどうなっているかな?」
「え?」
灯がやっと優貴の顔を見上げた。
「そろそろ逢瀬小の桜も咲く時期だと思ってさ」
逢瀬小は灯が通っていた小学校だ。郡山には避難していない友達も多くいる。
「どうかな……もう、さいてるのかな……」
声が震える。ようやく風に舞う花びらと散る桜が視界に入ったようだ。
「いつもありがとな、栞を慰めてくれて。灯だって泣きたいくらい家が恋しいだろ?」
「わたし、おねえちゃんだし……」
また視線を下に向ける。
「おじちゃんも郡山が恋しいよ、泣きたいくらいに」
優貴は桜を見つめたまま言った。
「何でだろうな? 今までそんなこと思わなかったのに。灯たちに会いたいって思うことはあっても、こんなに故郷を恋しいと感じたことはなかったよ」
「おじちゃん……」
灯は再び優貴の顔を見上げた。
「だから灯だって泣いていいんだ。辛かったら、辛いって言っていい。家に帰りたいってわがままを言ってもいい。学校がイヤなら行かなくたって構わないんだよ」
灯の眼に涙が溢れる。
「みんなを、しんぱいさせたくない……」
「おじちゃんは灯を心配したいんだよ。だって、灯の叔父ちゃんなんだから。ダメかい?」
「でも……でも……」
灯は声を立てて泣き出した。
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