5.だから桜は嫌いだ

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5.だから桜は嫌いだ

 これは後日談。  あの花見がきっかけで私と緑川は付き合うことになった。  正直、緑川は口は悪いし、空気は読まないし、仕事はできるのに変なところが不器用でちょっと見ていてはらはらするのだけれど、まあ……あの花見を思い出すとそれも許せてしまう。  ただ一つ、厄介なことがある。  それは緑川が無駄にイケメンで女子からの人気が高いということ。  おかげで緑川と付き合っていることがあっという間に社内に広がったばかりか、祝福だか嫌味だかわからないことを言われるのが日常になってしまったのだ。 「ほんと、花見きっかけであのイケメンと付き合えるようになるなんて」 「織田さん、やったね! こういうのまさにあれだね! サクラサクって感じ!」  サクラサク。  確かにめでたいことだろう。緑川は一緒にいてまあまあ楽しい。彼氏として申し分ない。  だがサクラサクなんて言われると恥ずかしさが半端ない。  しかも付き合い始めて二年経った今も桜の時期になると「サクラサク」と言ってからかわれるようになってしまった。  今年もそろそろほころび始めた桜の枝を見上げ、私はふっと息を吐く。 「だから桜は嫌いなのよ」 「何が嫌いだって?」  ひょい、と顔を覗き込まれ私は桜に向けていた目を瞬かせる。   「ああ、ええと、別に」 「なんだよ、はっきり言えよ」  緑川が私の脇を軽く肘で小突く。気になったことはとことん追及するやつだということも付き合って初めて知った。  私は不承不承答える。 「桜。花見きっかけで圭と付き合うようになったって話、いまだに会社で言われるから」 「ああ。それは俺も言われる。でもまあ俺は桜は好きだけど」  言いながら緑川はつと桜の枝を見上げる。  満開まではまだ遠い桜を。 「この時期になるとあのときのこと思い出して、美優をもっと好きになるから」  ・・・本当に緑川は、空気が読めない。  なんでもさらっと言ってしまう。  そんなことを言われたらこっちがどんな顔をしていいのかわからなくなってしまうというのに。  しかも多分絶対に、今後私は桜を見る度に思い出してしまうのだ。  今、桜を見上げてほんのりと口角を上げた緑川の顔を。  これからきっと何度も。  整った緑川の横顔を見ているうちに頬が熱くなってきた。  私はぷいと顔を背けぼそりと呟く。 「やっぱり桜、嫌い」 「え、なんで」  またも追及しようとする緑川をかわし、私は歩き出す。  ただもしも、言葉に色があるとしたら、きっと私の呟きは桜みたいな薄紅色をしているのだろうな、と思いながら。
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