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4.花見日和
如月さんの提案により、今年の花見は持ち寄りとなった。手が空いたので私は場所取りに立候補した。
仕事だからというよりはなんとなくやりたかったからだ。
朝八時。家族や企業の前衛部隊による花見の場所取りがそろそろ始まる中、ブルーシートを敷こうとやっきになっていると、ひょろ長い背格好の誰かがこちらに手を振っているのが見えた。
なぜか、緑川だった。
「欠席じゃなかったの?」
「まあ、そのつもりだったんですけど。僕、今年入社じゃないですか。花見がどんなものかも知らずに休むのももったいないかな、と」
言いながら緑川は私が広げたブルーシートの反対側を持つ。
「行きますよ、せーの!」
なぜか緑川に先導され、ブルーシートを広げると、よく晴れた空にそれよりも濃い色のブルーが重なった。
その端から漏れ見える、白よりも少しだけ色味のある、桜の花。
ああ、春だ。
「春ですね」
私の頭の中の声が聞こえたみたいなタイミングで緑川が呟く。
思わずまじまじと彼の顔を見返してから、私は空へ視線を戻して尋ねた。
「ねえ、なんで会議のとき、花見の準備の話までしたの?」
「は?」
「別に欠席します、だけで良かったと思うんだけど」
緑川はしばらく黙り込んでから、ふいっと空から視線を逸らし、風でめくれたブルーシートを直した。その手でシートの四隅に石を置く。
「忘れちゃいましたよ。そんなの」
そう言ったきりこちらを見ない。その彼に思わず笑ってしまいながら、私は鞄の中からお弁当箱を出して言った。
「おにぎり、作ってきたんだ。食べる?」
「なんで結局作ってきてるんですか。それじゃ来年も……」
「さすがに六十個も作ってないから早い者勝ち。場所取り手伝ってくれてるから緑川くんには特別に最初の一個をあげるよ」
お弁当箱を開き緑川の前に差し出すと、しばらく黙ってお弁当箱の中を見つめてから緑川はぼそりと言った。
「確かに、これはうまそうですね」
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