1.私は桜が嫌いだ

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1.私は桜が嫌いだ

 ついに来た。  来てしまった。この季節が。 「おーだーさん♪ 今年もよろしくね!」  私の直属の上司、如月係長のこの声が、私に春の到来を伝える。 「去年の場所、ちょーっとロケーション悪かったし、今回はこー、空全体を桜の花が覆うような場所がいいな〜」 「ええと、そうなるとかなり大きな公園でなくてはならず……。大きなところは土日は人出がすごく、場所取りが……」 「大丈夫大丈夫! 早めに行けば全然取れるって! あ、あと去年みたく、おつまみとお酒の手配お願いね♪  それから! 去年のおにぎり、良かったわ〜! 今年もあれ、ほしいな〜。梅干しは抜きで!」 「あー。でもその、今、五合炊きの炊飯器、壊れてまして、その……」 「え、そうなの? じゃあご飯、いつもどうしてるの?」 「幸いにも以前使っていた三合炊きの炊飯器を残していたのでそちらで……」 「なあんだ、なら問題ナシ! 回数分けて炊けばいいんだもの! ああ、もう、深刻な顔するからどうしようかと思った」 「いえ、しかし、社員も増えましたし、私だけでは……」  言いかけたとき、遠くから「如月さーん、お電話ですー」と声がかかる。はーい♪と音符付きで答え、如月さんはぽん、と私の肩を叩いた。 「じゃあお願いね! ほーんとできる部下を持つと助かるわ」  そのままスキップでもしそうな勢いで去っていく如月さんの後姿を見送り、私は深々とため息をついた。  私は、桜が嫌いだ。  なぜなら、桜のせいで部署全員参加の花見をしなければならないから!   入社前、花見と無縁だったころはそんなことはなかった。自宅が川の近くにあり、川沿いに並んだソメイヨシノが一斉に咲き誇る様子は見ていて気持ちが華やいでむしろ癒されてすらいた。  だが、この桜が仕事に直結するとなると、そろそろつぼみが膨らみそうだな、という様子を見るだけで心が荒む。  もちろん、桜に罪はない。ないが、花見にまつわるあれやこれやを想像するだけで胃がきりきりと痛む。  なまじ毎年真面目に準備をしてしまうから、次の年の自分が苦しむのだが、 「今年の花見、いまいちだよね〜」 「これだったら家で寝てる方がよかった」  なんて言われたら、と思うと、必要以上に頑張って準備をしてしまうのだ。  去年はおつまみばっかりだとお腹も空くだろうと早起きしておにぎりを全員分握った。飽きないよう具を、おかか、しゃけ、すじこ、ツナマヨ、エビ天、チャーハン、そして今ダメ出しをくらった梅干しにして。  うかつなことをした。今年も同じことをしなければならない。  しかもだ。花見の場所にもチェックが入った。  去年は会社の近くの神社に頼んで花見の場所を提供してもらえた。もともと年始に社員一同、祝詞をあげてもらう関係で(社長がそういったことを気にする性分ゆえ)神社の宮司さんとは懇意にしており、昨年は場所取りの心配はしなくて済んだ。  今年も密かに宮司さんにお願いしていたのに……。  げっそりしながら席に戻ると、後輩の緑川が椅子を滑らせてこちらに寄ってきた。
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