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「あと、もう一つ、真に言っておきたいことがあるの」
また真面目な顔に戻って、彼女は言った。
さっきまでの幸せな気持ちとは反対に、僕はなんだか嫌な予感がした。
そしてその予感は的中した。
「好きな人がいるの」
風が吹いた。
僕の方を見もしないで、小さな声で俯きがちに言った彼女の横顔に、桜の花びらが舞った。
花びらは僕の方にも舞ってきて、目の前でひらりと落ちた。たしかにそこに落ちた花びらは、僕の胸をえぐった。
笑顔をつくろうと意識すればするほど、顔が強張る。
「そうなんだ!知らなかった」
精一杯明るく言ってみたけど、多分震えていた。声も、全身も。
こんな滑稽な僕を、彼女が好きになるはずなんてない。
ほとんど無意識だった。
ゆっくりと丁寧に話す桜良が次の言葉を言い終わる前に、僕はその場から走って逃げ出していた。
「でね、あのね、私、明日、第二ボタンーー」
そこから先は、再び桜を散らした風の音のせいで、もう何も聞こえなかった。
走りながら滲む視界の中に、夜の桜がこれでもかというくらい綺麗に咲いていた。
桜に罪はないことはわかっている。だけど、とても憎いと思った。
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