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1.画面越しの君
星なんて全然見えなさそうな、都会の夜空の下。
ライトアップされた、凛々しく綺麗に咲き誇る大きな桜の木を背景に、二人の男女が向き合って立っている。
やや緊張した面持ちで、男の方が言う。
「単刀直入に言います。俺は、桜良のことがとても好きです。……大好きです!今まで、皆でいろんなところへ出かけたりして、たくさん遊んだけど……俺にとっては、桜良といる時間が一番楽しかった。一緒にいると、ドキドキするけど、なんだか落ち着く。こんな気持ちになったのは、今までの人生で初めてのことでした。桜良の笑顔が大好きだし、優しいところも、ちょっぴりドジなところも、全部含めて、愛おしく思います。……僕と、付き合ってください!!」
ころころと表情を変えながら話している感じが、絶妙に演技っぽくて嘘くさい。
女の方はそれを聞きながら、男の目をじっと見つめて頷いていた。
今度は彼女が、自分の気持ちを告げる番だ。
耳心地の良い声が、イヤフォンを通して僕の耳に入ってくる。
「まずは、気持ちを伝えてくれて本当にありがとう。とっても嬉しい!私も、ケンタくんと一緒にいると、すっごく楽しかった。この旅でこんなに良い思い出ができたのも、全部ケンタくんのおかげだと思っています。ケンタくんの、面白いところも、いつも私を気遣ってくれるところも、レディファーストなところも、意外に努力しているところも、全部尊敬できるし、素敵だと思いました。……私も、ケンタくんのことが、大好きです!」
画面越しでも思わずドキっとしてしまうような満面の笑みを浮かべた彼女の顔は、あの頃の面影を残しながらも、あの頃よりもずっと大人びていて、とても綺麗だった。
僕の中に、懐かしさと共に切なさ、そして理不尽な苛立ちが湧き上がる。
ぎゅうぎゅうの満員電車の中で、手に持つスマホを睨んでいる僕は、どれほど滑稽なのだろう。
スマホの中に映った男女は、そのまま抱き合い、幸せそうに微笑んでいる。
ふと顔を上げると、窓の外には桜並木が広がっていた。
青空によく映えていて綺麗だったけど、桜を見るとどうしてもあの日のことを思い出さずにはいられなくて、僕はいたたまれなくなる。
社会人になってもう四年にもなるのに、春はやっぱり嫌いだ。
早く全部、散ってしまえ。
そう願わずには、いられなくなる。
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