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 一分後。 「待って、嘘でしょ、香取くん……」  卵焼き特訓が始まって間も無く、僕は呆れたように笑う朝比奈さんに手首を掴まれ、作業を中断させられていた。 「えっと、僕何か間違った?」  この時点で僕はまだ料理らしいことを何もしていなかった。強いて言えば、ボウルを自分の前に寄せて、卵を破ろうと両手の指に力を入れただけだ。 「いやまあ……そっか。知らないってそういうことだよね」  朝比奈さんは涼やかに微笑んでそう言うと、僕が手に握っていない方の卵をとって、こつんとテーブルにぶつけた。 「卵を割る時は、こうやってまずヒビを入れるんだよ」    あ、そういえば。  さすがに知ってはいたけど言われるまで思い出せなかった。それくらい僕は料理に疎い。  朝比奈さんは左手の人差し指でボウルを少し自分の側に寄せると、その上でぱかっと卵を割った。殻が真っ二つになり、透明なボウルの中にみずみずしい液体がぷるんと落ちた。 「もう一つは、自分でやってごらん」 「はい、師匠」  朝比奈さんがやってみせてくれた通りに、平たいテーブルに卵をぶつける。  一回目はちゃんとヒビを入れることができなかった。二回目で一応ヒビは入ったけど、逆に強く打ち付けすぎてしまったのか、ボウルの上で割った時に卵液と混ざって少し殻が入ってしまった。 「あちゃあ」 「大丈夫、割れてる割れてる」 「あの、ありがとうございます……」 「なんで敬語?」 「なんとなく……」  ボウルに指を突っ込むのは汚い気がして、箸で殻を取り出す。その間に朝比奈さんが調味料を必要量用意してくれていて、僕はそれらをそっとボウルの上に流し込んだ。単純な動作の一つひとつにすごく神経を使う。 「はちみつは買ってきてないけど、必要だった?」 「やめてください、師匠」  くすりと笑う朝比奈さんの眼差しに、いよいよ顔から湯気が出そうになる。殻があったら入りたい。
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