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 数分後。 「まあ、初めてにしては上出来だよ」  朝比奈さんはそう言ってくれたけど、これが上出来なら世の中の卵焼きはもれなく天下一品ということになるだろう。  あの後も卵は全然言うことを聞いてくれなくて、手間取っている間に焦げてしまい、四苦八苦を経てどうにか皿に移せたそれは、なんだかよくわからない形をした暗黒だった。 「焦げ焦げだ」 「大丈夫。わたしが初めて作ったのよりはマシ」 「うそ、これよりひどかったの?」 「小学生の時。留守番してる時に作ってみて、妹に食べさせてみたんだけど、妹がそっから三時間くらい唸ってて」 「まじかよ」  卵焼きでそこまでまずいものが作れるのは、逆にすごい。 「まあでも」  さっき朝比奈さんが作ってくれたふわふわ卵焼きを思い出しながら、僕は続けた。 「最初はそんなんだったのに、今はあんなにおいしいの作れんだね」  僕の言葉を受け、師匠はお箸を持っていない左手の親指を立てる。 「香取くんのレベルアップも、楽しみにしてるね」 「また教えてください、師匠」 「じゃあ今度、家来る?」 「行きたい」  即答して、箸でつまんだ暗黒を一口かじる。病原体みたいな味がして、免疫的に咳き込んだ。  人間界の物質とは思えないこの暗黒卵焼きは、紛れもなく僕自身が作ったもの。僕の身から出た焦げだ。  朝比奈さんに見つかった、僕の黒い部分。  知らないことを知らないって言えなかったり、できないことをできるふりしてしまったり。  生まれ持った性格はすぐには変わらないだろうし、まるっと変える必要はないのかもしれないけれど。  せめて朝比奈さんの前では、焦げた時には焦げたって言える僕でいたい。  食事を終えてから、丸焦げの卵焼き器をスカッチブライトで必死に擦った。焦げが落ちるまで、結構な時間がかかった。
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