1

1/3

37人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

1

 遡ること、約七時間。月曜の朝八時。  高校二年生になって二週間と少し過ぎた四月下旬。最近は朝でもそこそこ気温が高くて、冬服の長袖がそろそろ鬱陶しい。  今日は一度忘れ物を取りに家に戻ったことで、普段より少し遅れて駅に到着した。無駄に歩いたことで多少ネガティブな気持ちになったけれども、結果的には大いにラッキーだったと言える。  ホームの黄色い線の前で待つこと一分。目の前で止まった車両の中を見て、胸の中に突風が吹いた。原因は、奥のドア付近でスマホをいじっている女の子の立ち姿。  去年クラスメートだった朝比奈(あさひな)さんだ。  車両に乗り込む僕に気づいた彼女が顔を上げ、軽く手を振ってくれた。画面に対しては無表情だった彼女の顔が僕を見るなり華やいだという事実を受けて、スマホに対し軽く優越感を覚える。 「おはよう、香取(かとり)くん」  スマホをポケットにしまいながら、朝比奈さんがにこりと微笑む。たんぽぽみたいなその笑顔が、僕の体内で蠢いていた眠さや気だるさを全て消し去ってくれた。 「おはよう、朝比奈さん」 「香取くん、今日はいつもより少し遅いね」 「家でのんびりしてて。朝比奈さんこそ、いつもはもう少し早い電車に乗っているよね」  直前の朝比奈さんの発言からして、僕が彼女の行動パターンを把握していてもそこまで気持ち悪がられないだろうと踏んだ。 「うん、ちょっとね」  僕の読みはとりあえず正しかったようで、朝比奈さんは不審者を見るような眼差しを僕に向けることなく会話を続けてくれた。 「今日はお弁当を作るのに手間取っちゃって」 「自分で作っているの?」 「うん」 「すごいなあ」  さすが朝比奈さんだ、と感心して、昨日よりもまた少し好きになる。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加