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「ふむ」  朝比奈さんは、考え事を示すサウンドエフェクトみたいな声を出しながら、じっと窓の外を眺めていた。周囲のつり革が揺れた回数からして、僕らの間に流れた沈黙は十秒にも満たなかっただろう。それがわかっていても、僕にとっては何時間も空気が固まったように感じられた。  もしかして今のは、失言だっただろうか。お弁当をもらいたいだなんて、さすがに気持ち悪かったかも知れない。  がたんごとん、と電車の揺れる音。ドアの上のディスプレイで路線図が何度か切り替わる。     やがて、朝比奈さんは何を思ったか、「よし、決めた」と手を打った。 「話が変わるんだけど、香取くん」 「はい」  いったい何を言われるんだろう。  恐怖のせいで、口から出たのは敬語だった。  続いて朝比奈さんから告げられたのは、ほんとうに、突拍子もない言葉だった。 「今日の放課後、体育館裏の桜の木の下に来てくれる?」 「え」 「香取くんに伝えたいことがあるの」  突然のお願いに、まずはもちろん戸惑って。  次に湧いてきたのは、凄まじい高揚感だった。  体育館裏の桜の木の下は、僕らの高校では有名な告白スポットなのだ。  なんでこのタイミングで、とは思うけれど、そこに呼び出されたということはもしかして?  電車の揺れとは関係なく、とくんと心臓が大きく跳ねた。
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