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「えーっと、調理室って、勝手に使っていいんだっけ?」  銀色のシンクや白いテーブルが九台ずつほど並んだ大きな部屋。一年生の時の家庭科の授業以来訪れていなかった空間を見渡しながら、戸惑いとともに朝比奈さんに訊ねた。 「や、ダメだと思う」  そう言った朝比奈さんの声に、悪びれる様子は全くなかった。 「だよな。バレたら絶対怒られるぞ」 「怒られる時は、香取くんに誘われましたって言っていい?」 「いい訳ないだろ」    とか言って、いざ先生が来たら、僕は朝比奈さんを庇って矢面に立つに違いない。恋ってそういう化け物だ。  なんて話は、さておき。 「あのさ、今からいったい何する気なんだ?」  朝比奈さんは僕の質問に答えず、レジ袋から食材や調味料を取り出して並べる。  それから、塩胡椒を振るようにさらりと言った。 「まず前提として、わたしは香取くんのことが好きなの」 「うん」  彼女の声音があまりにも静かだったので、僕もつられて至極凡庸な相槌を打っていた。二秒遅れて、告白されたということに気がつく。うれしい、よりも混乱がまさって、ふわふわと夢の中にいるような気持ちになった。  続いて襲ってきたのは、得体の知れない嫌な予感だった。 「香取くんはやさしいし、かっこいいし、何より一緒にいて楽しい。だけど一つ、ここはちょっとなあって思うところがある」  朝比奈さんは謎めいた言葉を口にしながら、棚を開けていくつかの調理器具をシンクの上に重ねた。続いてスポンジに洗剤を垂らし、無表情で洗い物を始めた。夕方、二人きりの調理室。バシャバシャと激しい水流の音、スポンジと食器の擦れる音、食器が水切りかごに置かれる音。  やがて洗い物を終えた彼女が、ちらりと横目で僕を見てから。 「香取くんってさ、ほんとは卵焼き作ったことないでしょ」
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