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今日春分の日、朝七時に車で家を出て、わが家の菩提寺に着く。
お彼岸なので、お参りの人が来ているかと心配していたが、寺は静かだった。駐車場には俺だけだ。車を降りると、鳥の囀りが遠くに聞こえる。屋根の上から日が差してくる。寺の上から、日光の光線が伸びるのが見える。
リアシートのドアを開けて、持ってきたものを出す。まず、昨夜斜めに切った茎を水につけた小菊をバケツごと出す。一晩でつぼみが少し開いている。
次に小さなバケツを取り出す。中に、クレンザーとたわし、スポンジ、ぼろタオル、墓文字専用のブラシ、墓掃除一式を入れてきた。
最後の一つは、キルトの小さなバッグで、墓参りの一式を入れてある。家族が生きていた時から同じバッグを使っている。三つの荷物をさげて、わが家の墓まで砂利を踏んでいく。
墓の前で荷物を下ろす。花入れに雨水がたまって緑色ににごっている。花入れ2個を持って、寺の水場へ行く。花入れはステンレスなので、水道の水で流すときれいになるが、底のよごれがとれない。いつも水場にある、柄の長いブラシが今日はない。
一旦、寺の桶型のバケツ二杯に、水を汲んで運ぶ。墓の前の荷物から、文字掃除用のブラシを持って、再び水場へ。ブラシが花入れの底まで届いてきれいになる。もう一杯水を汲んで、花入れと持って返る。
墓掃除は適当にやる。
もう一度決意を確認する。根を詰めてやるとイヤになる。母と妹は徹底的にきれいに掃除していた。俺にはその真似はできない。
適当でも、年数回ちょっとずつ掃除すれば、そこそこキレイさが保たれるだろう。そこは諦めよう。
まず、水を墓のてっぺんからかけていく。水がはねて、着てきたジャケットを濡らす。失敗した。
スポンジで上からこすっていく。スポンジの方が布よりも、汚れが落ちる気がする。汚いのは、石と石の合わさるところ、石の角になっているところ、そこに砂が溜まる。緑色になっている。カビが生えている。そこを中心にこする。墓だから、○○家之墓、と文字が彫られている。文字の奥をよく見ると、緑色が溜まっているところがある。雨水がたまりやすいところ。その緑色を落とそうとする。スポンジでは届かない。文字専用ブラシでかろうじて届く。こする。
墓のてっぺんから下まで拭いて、墓の前にある、花入れを立てる石も拭く。水抜き用の穴の中が緑で、掃除する。線香やロウソクを立てる石の台も、墓から下ろして掃除する。皿に灰がたまっているのも、スポンジだとよく取れる。
御影石の部分が終わると、土台のコンクリートにクレンザーを振って、デッキブラシでこする。垂直になっているところはタワシでこする。コンクリの汚れは、もっと真剣にこすらないととれない。
墓のフタを開くと、中の骨壺が見える。六個の骨壺。
母と妹は、墓の中から骨壺を取りだして、壺の中の骨を広げて乾かしていた。新しい墓になって、中に水が浸透しなくなったから、私はしない。それをしていた母と妹も、それぞれ骨壺になって、中にいる。
もう一度水を汲んできて、クレンザーを流し、ぼろタオルで墓石の水を拭き取って終わり。今日は妹の月命日でもあるので、持ってきたお供えを墓に置く。どら焼きとアンパン。妹はあんこが好きだったと思っている。それとも、甘いもの全部好きだったけど、病気のせいで洋菓子は我慢していたのかもしれない。それを確かめたことがない。そんな兄だ、俺は。
日曜日に買った、30%引きの品物を備える。値引き品だと死者に失礼だろうか。大丈夫だろうか。母も妹も節約の鬼だったから、いい買い物をした、と喜んでくれるはずだ。
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