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「ね、ねえ、大宮くん。知ってる? ファーストキスってレモンの味がするんだって」
「ふぁ、ふぁーすときす!?」
突然のフレーズに声が裏返る。
ファーストキスってなんだ、ファーストキスって。
「へへへ、変な意味じゃないよ!? じ、女優って、キ……キスシーンとかあるでしょ? だから、気になって調べてみたの」
「そ、そうなんだ」
「そしたらね、ファーストキスはレモンの味がするって書いてあって。でも私、したことないし……相手もいないし……実際どうなんだろうって……思って……」
いったい何を言ってるのかわからなかった。
僕はいつもの早瀬ではないことに、少しドギマギしてしまった。
「それは……レモンを食べてたらレモン味になるだろうし、イチゴ食べてたらイチゴ味になるんじゃない?」
「そ、そうよね! イチゴ食べてたらイチゴ味になるよね! ごめんね、変なこと言って……」
そう言って振り返った彼女は、いつもの表情だった。
「大宮くん、いろいろありがとね! 本当に楽しかった。私のこと、忘れちゃ嫌だよ?」
「忘れるもんか。早瀬こそ僕のこと忘れないでね。あ、でも冬の日に中庭ですべって転んで池ポチャしたのは忘れていいから」
「あははは、忘れるもんですか! びしょ濡れになって泣いてた姿、一生忘れないわ!」
「むー」
ぷっくりと怒る僕に、彼女は笑いながら「じゃあね」と言って駆け出して行った。
振り向くこともせず、ロングヘアーの髪を揺らしながら。
散りゆく桜の花びらとともに消えていった彼女の姿を、僕はずっと見送っていた。
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