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「ねえ、知ってる? ファーストキスってレモンの味がするんだって」
僕は桜が嫌いだ。
柏木公園の桜が満開になると、いつも思い出すから。
15年前、小学6年生の時に転校していった早瀬美鈴のことを。
ロングヘアーの髪を揺らしながら、散りゆく桜をバックに走り去って行った彼女のことを。
※
早瀬美鈴はいわゆる優等生で、とても真面目な生徒だった。
校内の美化活動、花壇の手入れ、ゴミ当番……etc.
クラスのみんなが嫌がる仕事を自ら進んで引き受けていた。
学業の成績もよく運動神経も抜群で、先生からの信頼も厚い。
そんな絵に描いたような学級委員長が小学5年生にあがった4月の始め、いきなり僕を副委員長に推薦してきた時は、思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。いや、実際にずり落ちた。
学業も普通、運動神経も普通、クラスの隅っこでひっそりと棲息しているような僕に突然スポットライトが当てられたのだ。転げ落ちないほうがどうかしている。
「大宮くんなら、副委員長にピッタリだと思います」
教壇の上で彼女はそう言っていた。
自信満々に。
不敵な笑みを浮かべながら。
僕には「ピッタリ」の意味が全然わからなかった。
なぜ、こんなクラスでも目立たない存在を副委員長に推すのか。
なぜ、一言も口をきいたことのない僕を選ぶのか。
理解できなかった。
しかし、そんなめんどくさそうな係なんて誰もやりたがらなかったため、満場一致で僕は副委員長に選ばれてしまった。
かくして僕は早瀬美鈴とことあるごとに行動を共にするようになったのである。
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