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ダシの香りに食欲をそそられる。お腹が勢いよく鳴るけれど、カウンターの中までは届いていないだろう。
スマホをいじりながら時間を潰していると、「お待たせしました」、そう言って、お盆ごと僕の前に置いてくれた。
この店の目玉は、どこからどう見ても、このど真ん中に盛り付けられただし巻き玉子だろう。そこではっとなる。この店の名前は、「たまご食堂」だ。もしかすると、メニューはこの定食のみなのかもしれない。そう思った瞬間、腑に落ちた。
定食は、ご飯以外に五種類のおかずがある。ふんわりと大きなだし巻き玉子、具だくさんな味噌汁には、ネギ、厚揚げ、ゴボウ、椎茸が入っている。まるで、豚汁のような具材だ。副菜には里芋のサラダ、ほうれん草のごま和え、大根の漬物。食べずとも旨いのが分かる、そんな見た目だ。
小さく頂きますと言ってから、湯気の立つだし巻き玉子をさっそく箸で割る。普段なら、大根おろしに醤油、といきたいところだけれど、卓上にそれらしきものはないし、大根おろしも付いていない。食べ方も、今日のところは店側に委ねよう。
熱々を一口頬張る。ダシの香りが鼻を抜け、十分すぎる旨味が口いっぱいに広がる。これは、間違いなくこのままが一番旨い。今まで食べてきただし巻き玉子はなんだったのかと思うほど、体に染みる。本当ならすぐにご飯をかきこみたいところだけれど、ダシの旨味を味わっていたいと思うほど、出会ったことない美味しさだった。
僕の胃袋は、簡単にわしづかみにされた。
次は具だくさんな味噌汁だ。これだけ具材が入っていると、もはや脇役とは言えないだろう。お椀を手に取り、「どうせこれも旨いんでしょ」、と心の中でにんまりとする。案の定、間違いなかった。正直、厚揚げの入った味噌汁は初めて食べたけれど、これが最高に合う。これは、一日でも早く世間に広めるべきだと思った。
里芋のサラダも、初めましてだった。ブラックペッパーにマヨネーズ、サラダなのにご飯が進む。箸が止まらない。
正直、定食を出されてここまで感動した覚えがなかった。
疲れていたこともすっかり忘れ、大満足で店をあとにした。
その後も、あのだし巻き玉子の味が忘れられなくて、週に一度はたまご食堂に通うようになった。店主の香里さんとも、料理以外の話をするようになっていた。
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