何もない春

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何もない春

 桜満開。きっとこの列に並ぶ奴らの中には大志を抱いて入学した奴も多いだろう。この学校を卒業したって胸を張れる学歴は身につかない。俺には夢なんかない。ただ楽に過ごせればいい。そのための高校進学だった。受験でもそれほど勉強した訳ではないし、やっているスポーツも熱中しているものもない。何かに熱中している奴は羨ましくもあるが、俺自身はできる限り省エネで過ごしたい。  富とか名声もいらない。普通に生きて普通に死んでいきたい。特別は必要ない。  そういう想いで俺はこの学校に進学したんだ。  ダルい入学式を寝ぼけ眼で過ごす。祝辞なんか耳に入らない。有り難い話は将来に希望を抱いている奴だけ聞けばいい。俺はすでに人生を諦めているのだから。  欠伸を噛み殺し、耐える入学式。次に始まったのは部活の紹介だ。人気があるのは、やはりサッカーや野球なのだろう。熱が違う。文芸部や将棋部などは静かに紹介をしている。  少しだけ目を瞑る。眠る訳じゃない。。休ませるんだ。 「続いて反戦部の……」  そこで一瞬、意識が途切れた。慌てて目を開ける。どこかの部活の紹介が終わっていた。男にせよ部活に入るつもりはないのだ。俺には関係ない話だ。  何とか眠気を乗り切って入学式を終えた。教室では新しく仲間となったクラスメイトが話に花を咲かせているが、俺には関係ない。そそくさと教室を出て正面玄関に向かう。とっとと帰って昼寝をしよう。   欠伸をしながら廊下を歩くとそこを女生徒が仁王立ちで通せんぼした。  笑顔を絶やさず長髪の黒髪にキリリとした黒い眼に意思の強そうな眉。美人の部類だ。 「俺に何か用ですか?」 「大ありだよ。私の部活紹介だけ居眠りしやがって。こう見えても私はこの学校の人気者の一人なのだよ」  確実に面倒臭いのに捕まった。この人がどこの部活の人かも知らないのに。 「それは申し訳ありませんでした。昨夜、夜ふかししたもので」 「入学式前日にか? 何をしていたんだ?」  どうすれば逃げられるかを考える。効果的な嘘。今考えなければならないのはそれだ。
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