何もない春

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「歴史に興味がありまして、その勉強を」  嘘でも勉強ならば、文句はないだろう。それで納得してくれるかどうかは別だが、解放される望みはあるだろう。 「ほう。歴史に興味があるのか?」  あれ? と違和感があった。逆に食いついてきたような? 「私の所属する部活は『反戦部』だ。歴史に興味があるならば、尚更話を聞いてもらわないとな」 「え? えっと……」  咄嗟についた嘘は逃げ道を塞ぐ嘘だった。どうすればいいのか。 「私の名前は如月汐(きさらぎしお)。あなたは?」 「睦月晃(むつきあきら)です」  如月さんの顔はパッと明るくなる。 「晃、是非体験入部をして欲しい。私は反戦部に一年いるが顧問からの問いの答えが一年経っても分からない。一緒に考えてくれないか?」  自らのことを人気者だと宣言しているのに、一緒に考えてくれる人もいないのだろうか。疑問には思うが、今更嘘でしたとも言えずについて来いと言う如月さんの後ろをつけていく。 「反戦部って部員は何人くらいいるのですか? あまり聞かない部活名ですが」 「私を含めて三人。晃が加わってくれるならば四人になる」 「人気がないんですね」  如月さんは、ピタと足を止めて振り返る。 「君は反戦に興味はあるか?」  突然の質問。その顔は真顔だ。その分だけ如月さんの目鼻立ちの美しさが際立つ。 「平和であって欲しいとは思いますが、反戦に興味があるかどうかと聞かれれば微妙です」 「そうなんだ。みんな、平和がいいくせに反戦という言葉になれば、わりかし避ける。政治的だとか宗教的だとかそんな理由でな。反戦部というのは、今の学生たちには求められていないかも知れない。だが絶対に必要だ。戦争と平和に考える機会は自ら掴み取らなきゃならない。それは無駄なことか?」  俺は首を横に振る。嘘でも何でもなく、それは違うと本心からだ。 「反戦について考えるのは大事なことです。無駄ではありません。ただ、その部活となると……」  つい言葉を濁す。たった三人で反戦の活動とか、忙しそうでイヤだ。もとより入部する気はないが、体験入部にしてもどうせなら楽しめるところがいい。 「人気がないのは事実だ。だが損はさせない。君が聞き逃した部活紹介をしっかりさせてもらう。君のように死んだ目をしている奴にほど聞いて欲しい」  酷い言われようだが、そこまで言うならばという気持ちにもなる。如月さんは確かに美人だ。下心ありで近付いても悪くないだろう。俺は健全な男子なんだから。
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