インコ

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 百合子(ゆりこ)は病室にいた。ここにいて、もう何日経っただろう。全く覚えていない。いつになったら家に帰れるんだろう。早く帰りたいのに。願っても願っても帰れる日は来そうにない。  百合子の体に異変が起きたのは数年前だ。体育の授業中にめまいがして、倒れた。それ以来、長く病院にいた。母、小枝子(さえこ)は何も言わないが、なかなか病院を出られないので、難病だろうと思っている。だが、どんな病気なのは知らない。  百合子には何も言われなかったが、百合子は脳腫瘍を患っていて、取り除けない位置に腫瘍があるという。できる限りの治療はしても、あと1年しか生きられないと言われた。いつ来るかわからない死。百合子はそれを告げられずに、また家に帰れる日を楽しみにしていた。  病院に来てから、色んな事が起こった。薬の影響で髪が抜け落ちる、度重なる手術。その中で、徐々に自分は助からないんじゃないかと思い始めてきた。 「あの小鳥、どうしてるかな?」  百合子が気にしているのは、部屋で飼っているブルーボタンインコのブルーとスカイの事だ。一度退院した時に退院祝いには小枝子が買ってきた。1羽では寂しいと思ったので、オスとメスの1羽ずつを買ってきたという。百合子はとても喜び、かわいがった。だが、再び倒れ、入院してしまった。 「餌をしっかりと与えてもらっているかな?」  百合子は不安だ。寂しくないだろうか? ちゃんと餌を食べているだろうか? 退院したら、またかわいがりたいな。  百合子は立ち上がり、病院の公衆電話にやって来た。小枝子に電話をかけようと思っているようだ。病院の廊下には、入院患者が歩いている。  百合子は受話器を取った。今日は元気にしているだろうか? インコは元気だろうか? インコに餌をやっているだろうか?  「もしもし」  百合子は笑みを浮かべた。小枝子だ。元気にしているようで、ほっとした。 「もしもし、お母さん? 小鳥だけど、ちゃんと餌を与えている?」 「与えているよ」  ちゃんと与えているようで嬉しかった。退院したら、また会いたいな。その時が来るように、元気にしないと。 「よかった。ありがとう。また帰ってきたらかわいがりたいな」 「そうね。待ってるよ」  だが、小枝子は落ち込んでいる。もう助からないと思われているからだ。だが、言う事ができない。精一杯生きていてほしいから。 「ありがとう。じゃあね」 「じゃあね」  小枝子は受話器を置いた。小枝子は2階に向かった。そこには百合子の部屋がある。いつ帰って来てもいいように、部屋はそのままにしている。ブルーボタンインコもそのままだ。  小枝子は百合子の部屋にやって来た。そこには鳥かごがある。元気だろうか? 帰ってきた時にまたかわいがれるように世話をしておかないと。  小枝子は鳥かごの中身を見た。メスのスカイが足を隠してじっとしている。ここ最近、こんな時が多い。一体何だろう。小枝子は首をかしげた。  それから数日後、今日は週末。父の晴徳(はるのり)は仕事をしているが、今日は休みだ。2人は家でじっとしている。いつか、百合子が帰って来る事を願いながら。 「早く治るといいね」 「うん」  晴徳はテレビを見ている。朝のワイドショーだ。平日に何があったのか知らない晴徳はよく見ている。仕事ばかりで見る暇のない晴徳にとっては、しばしの休息の時だ。 「きっと、お医者さんが何とかしてくれると信じるしかないよ」 「そうね」  その時、電話が鳴った。こんな時間に何だろう。病院からだろうか? でも、こんな時間に電話なんて。  小枝子は受話器を取った。晴徳はワイドショーを見るのをやめ、小枝子をじっと見ている。 「もしもし」  だが、聞いているうちに、小枝子の顔が徐々に不安げになっていく。ひょっとして、百合子に何かがあったんじゃないのかな? 「えっ、危篤?」  それを聞いて、晴徳は驚いた。こんなにも突然に危篤になるとは。 「そんな・・・」  小枝子が受話器を置くと、晴徳は慌てて出かける準備をした。目的地は当然、病院だ。何とか一命をとりとめてほしい。 「百合子が危篤だって!」 「早く行こう!」  晴徳は慌てている。早く病院に行かないと、百合子が死んでしまう。死んでほしくない。また一緒に暮らしたいのに。  小枝子と晴徳は車に乗ると、急いで病院に向かった。その間、小枝子は百合子と過ごした日々を思い出していた。倒れるまでは順風満帆だったのに、どうしてこんな事になったんだろう。どうして神様はむごい事をするんだろう。  2人は病院にやって来た。病院はいつものように静かだが、2人は焦っている。早くしないと、百合子が死んでしまう。  2人は病室の前にやって来た。その先には百合子がいる。病室の中は騒然としている。百合子が危篤だから、多くの医者や看護婦が来ているんだろう。 「先生、百合子は大丈夫なんですか?」 「予断を許さない状況です」  だが、医者は悲しそうな表情だ。できるだけの処置はしている。だが、予断を許さない状況だ。  2人は病室にやって来た。そこには呼吸器を取りつけられた百合子がいる。百合子は目を閉じて、苦しんでいる。 「百合子! 百合子!」  小枝子は百合子の手を握った。どうにか元気になってほしい。あのブルーボタンインコも応援している。だから負けないで。 「頑張って! 負けないで!」 「ブルーもスカイも応援してるよ!」  晴徳も声をかけている。すると、百合子はわずかに反応した。2人がいるのに気づいているようだ。 「百合子、元気になって・・・」  だが、プーという音が鳴った。それを聞いて、2人は肩を落とした。まさか、死んだんだろうか? 「ご臨終です・・・」  それを聞いて、2人は泣き崩れた。百合子はどうしてこんなに早く命を落としてしまったんだろう。 「そんな・・・。百合子、どうしてこんな事に!」 「どうしてこんな運命なんだ!」  と、小枝子は晴徳の肩を叩いた。励ましているようだ。 「あなた、落ち着いて・・・」  だが、晴徳は落ち着かない。なかなか受けれられないようだ。  家に帰ってきた2人は落ち込んでいた。あんなに愛情をもって育てたのに、こんなにも短く、あっけなく死んでしまうなんて、信じられない。 「はぁ・・・」 「大丈夫?」  晴徳は百合子の事を思い出していた。病室で初めて会った時、入園式、卒園式、入学式・・・。思い出の日々が走馬灯のようによみがえる。 「百合子・・・」  晴徳は2階にやって来た。そこには可愛がっていたブルーボタンインコがいる。ブルーボタンインコは、百合子が死んだ事を知っているんだろうか? 「また会いたかっただろうな。ごめんな。百合子、助からなかった」 「悲しいだろうね」  晴徳は振り向いた。そこには小枝子がいる。小枝子も百合子の事を思ってここにやって来たんだろう。  と、晴徳は鳥かごで何かを見つけた。卵だ。スカイが産んだんだろうか? 「あれ? 卵が」 「どうしたの?」  それを聞いて、小枝子がやって来た。まさか、スカイが卵を産んだんだろうか? 「卵を産んだんだよ」 「えっ!?」  その時、小枝子は思った。あの時、足を隠してじっとしていたのは、卵を温めていたからだろうか? 「ほら!」  小枝子は鳥かごをよく見た。すると、鳥かごに卵がある。やはり、スカイが卵を産んだようだ。でも、どうして今頃になって。 「本当だ!」  と、卵にひびが入った。ひなが生まれるようだ。2人はドキドキした。新たな命が生まれる時は、なぜかドキドキしてしまう。どうしてだろう。 「う、生まれる?」 「本当だ!」  2人がじっと見ていると、殻を破って、ひなが生まれた。とてもかわいい。 「生まれた!」  その時、小枝子は思った。ひょっとして、今日死んだ百合子の生まれ変わりだろうか? 「まさか、百合子の生まれ変わり?」  それを聞いて、晴徳は天井を見上げた。その先には青空がある。恐らく、この命は死んだ百合子からの贈り物だ。そして、百合子の生まれ変わりかもしれない。 「だと思おう!」  それまで落ち込んでいた晴徳は元気に答えた。こんなにも早く気分を取り戻すとは。新しい命が生まれるのって、こんなにも人を勇気づける事だろうか? 「そうね! じゃあ、この子の名前は百合子だ!」  小枝子は嬉しそうにひなを見ている。それを見ていると、百合子が死んだ悲しみを忘れてしまう。どうしてだろう。 「そうだな!」 「きっと天国で百合子も喜んでいると思うわ!」  百合子も空を見上げた。これはきっと百合子からの贈り物だ。これからもブルーとスカイ、そして百合子を大切にしよう。きっと百合子も喜んでくれるだろうから。
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