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「おかあさーん。ゲームしていい?」
学校から帰ってきたゆかりは、ランドセルを床に置いてすぐに、叫んだ。
履いていた靴も、もちろん並べずに脱ぎ捨てた。
「帰ってきたら、ただいまでしょう。色々言いたいことが山ほどあるんだけど。」
おかあさんが、エプロンのフチで手を拭きながら、台所からやってきた。
「ただいま帰って参りました。」
しぶしぶ、いつも以上に丁寧なただいまをゆかりは言った。
「はいはい。おかえりなさい。あと、ゲームの話だけど、宿題はやらないつもりなの?」
おかあさんに言われる前に、脱ぎ捨てた靴をそろえて、洗面所で手洗いうがいを済ませた。床に置いていたランドセルを棚の上に移動させたゆかりは、いつの間にか両手にゲーム機を持っていた。やる気満々のようだった。
「だって、ゲームしたいもん。」
それを聞いて、おかあさんは深くため息をついた。ゲームの起動する音が部屋に響いた。
「でもさ、先生からプリントと漢字練習しましょうって宿題が出されているんだよね。本当にやらなくていいの?」
おかあさんは、ランドセルから連絡帳と宿題プリントを取り出した。ゆかりは、それを見て少し嬉しかった。自分のことをしっかり見てくれるんだと感じて安心している。
「うーん。」
ゲームをやりたい気持ちをおさえて、しぶしぶリビングにある勉強机に向かった。少し遠くでゲーム音が鳴り続けている。ゆかりは、ランドセルから筆箱とプリント、教科書を取り出して、ふーっとため息をついた。
すると、おかあさんが台所にある引き出しから何かを出してきた。
「これ、通信教育に入会したらもらえるペンみたいよ。勉強が楽しくなるかもよ。使ってみてごらん。」
「え、なにそれ。すごい色だね。」
ゆかりは、驚きを隠せずにそれを右手で受け取った。虹色で丸や三角のボタンがついて、ゴツゴツしてるペンだった。先端に近いボタンを押すとLEDライトが光り、ピロンと音が鳴る。小型カメラも付いている。
「使って良いの?」
「うん。いいよ。宿題がんばってね。おかあさんは、夕食の準備しているから、今日は一人でやってみて。」
「えーー、やだ。おかあさんと一緒にやりたい。」
「そのペンがあるから、宿題できるよ。」
いつもゆかりが宿題する時は、必ず横におかあさんがいないとできないと言うよりかはやりたくない気持ちでいっぱいになる。だだをこねて、騒いだ。そうしてる間に、不意に持っていたペンの【ON】と書かれたボタンを押した。
一瞬にして、辺り一面が広い公園になってしまった。全くさっきとは違う景色だった。
雲一つない青空とギラギラと照りつける太陽、風に揺れる葉が、ガサガサしている。周りには誰一人としていなかった。公園なのに、子どもが一人もいない。車が走る音や、自転車のチェーンがクルクル回る音なんかの雑音が全く感じない。
カラフルなすべり台と四人それぞれが乗れるブランコ、ショッキングピンク色のターザンロープ、発色の良い黄色のジャングルジム、色鮮やかなパンジーが何種類も植えられた花だんがあった。大きな噴水が静かに流れている。
ここは、異世界なのかもしれない。
ゆかりは、不安になった。
「ここ、どこなの?」
有無も言わせず、ここに来てしまったのだ。
遊具を手で触って確かめてみても、本物だと分かる。ジャングルジムがステンレスで出来た棒が硬かった。ぐるぐると周りを見ていると、突然ブォンという機械音が聞こえた。
ゆかりの胸付近に窓のような青白く光る画面があらわれた。
『問題①、たまごが八個あります。二個食べると、のこりは何個になりますか。』
文字とともに、女の人の声がして、問題が始まった。見覚えのある問題文だった。
「これってもしかして、今日の宿題プリントの算数かな。引き算だ。」
ゆかりは、表示された画面におかあさんからもらったペンをあててみた。白く反応して、文字が書ける。おそるおそる、答えを書いてみた。
「八引くニで、六かな。」
大きい音で
ピンポーン
と鳴り、ぐるぐるのはなまるがついた。ゆかりの口元がゆるみ始めた。だんだんと、不安が消えていく。
『問題②は、滑り台を最後まで滑った後に、出します。』
画面に注意マークの三角と、矢印マークが、表示された。
「え、あっちに行かないと出来ないんだね。」
静かな公園を大股で、どんどん進んでいく。
普段の宿題では考えられないくらいのスピードだ。この世界に慣れてきたようだ。
すべり台をさっそうとすべると、光る画面が空中に開いた。
また、さっきと同じように問題文が表示されている。
『問題②、一年生が十二人います。あとから二年生が五人来ました。さらにあとから三年生が三人来ました。全部合わせると何人ですか。』
滑り台の横に、問題文通りの子どもたちがあらわれた。ゆかりは、突然のことに圧倒されながら、慌てて、人数を変えて、式と答えをペンで書いた。
「これは、三つの足し算だ。かんたん、かんたん。すぐ分かるよ。えっと、十二足す五足す三だから、こたえは十九だ。これで、どうかな。』
ブッブー
と大きな音とともに✖️印をつけられた。間違えた答えを書いた。
『もう一度、よく考えてみましょう。』
「えっとー、ここがこうだから、これならどうかな。二十!」
あせっていたが、どうにか解けた。
ピンポーン
と大きな音とはなまるがついた。さらに下にうえきばちの絵が描いてある。
「やったー。うれしいな。はなまるに、さらにうえきばちがついてる。ねーねー。おかあさん!」
無意識におかあさんと呼んだゆかりは、目の前に誰もがいないことを思い出す。急にさびしくなった。正解したら、誰かに見てもらいたいし、はずれたらいっしょに考えてほしい。そんなさびしい思いを残したまま、機械は動いてる。こちらの様子を知らずして。ゆかりの頬に涙がつたう。
『問題③は、ジャングルジムのてっぺんにあります。』
「これ、すぐに行かないといけないのかな。やめたいなあ。』
滑り台を滑り終わったところで、そのままぺたんと座っていたゆかりは、グスンと涙がとまらなくなった。
そんな様子を、台所からスマートフォンの画面越しにおかあさんは見ていた。ペンに小型カメラがついていて、そこからうつしていたようだ。現実世界のゆかりは、VRのゲームをしているようにリビングの勉強机で同じ格好をしていた。体育座りのまま動いてない。
「問題は、まだ二問しか解いてないじゃない。宿題終わらないのね。うーん、やっぱりこのペンでも一人では解けないのかしら。それでやってしまえば、今日の分終わりなのに•• •』
勉強机をよく見ると、学校から渡された算数プリントに式と答えが書いてある。どうやら、今ゆかりのしている勉強は、現実世界とリンクしていて、そのままえんぴつで書いた状態と同じになるようだ。何度も書き直さなくても、画面越しに書いた数字が紙にも書かれている。おかあさんは作戦を考えた。
時計は長い針が十二に、短い針は三をさしていた。
ゆかりは、泣きながらうずくまっていると、どこからか良い匂いがしてきた。ふんわり甘くておいしそうな香り。大好物の香りだ。機械は相変わらず、問題文を読んでいる。
「ホットケーキの匂いだ! でも、どこから?」
頭をぐるぐる動かした。おかあさんはしてやったりの顔をしている。
機械は次のミッションを発動した。
『おやつのホットケーキを食べたいのならば、このターザンロープを乗って最後まで行き、問題③を答えましょう。』
現実世界のおかあさんがスマートフォンをポチポチ押している。もんだい文を作っているのはおかあさんだった。ゆかりは気づかずにそのまま続けた。
「ホットケーキは食べたいからがんばる!」
気持ちを切り替えて、急いでターザンロープに乗って進んでいく。いつもは一人で行けないのに、ホットケーキの力は偉大だった。鼻息が荒い。
『問題③、えんぴつの十本の束が、三つ、一本ずつのえんぴつが八本ありました。全部でなん本ありますか。』
「これは、三十八本!」
ピンポーンピンポーン。
はなまるの下には植木鉢。さらにチョウチョの絵が書かれた。プリントの丸つけをするとき、とてもよくできましたで先生がおまけでつけてくれる。それがこの機械でもやってくれてるようだ。
「やったーーー。これで、終わりだ。」
冷静に考えて、ゆかりは持っていたペンのOFFボタン押してみた。
一瞬にして、公園は消えていく。元のお家のリビングに戻ってきた。少しフラッとめまいがした。現実に戻る時に、疲れが出るのかもしれない。
「あ、おかあさーーーん!」
戻った途端にゆかりは台所にいたおかあさんにしがみつく。
「ゆかり、宿題どうだった?」
頭を優しく撫でられた。頭を上げて、満面の笑みを見せた。
「ホットケーキ! 食べたい!」
「えー。おかあさんゆかりに質問してるんだけど。」
フライパンからホットケーキをフライ返しでお皿に移動させながら、答えた。そう言われるのを分かっていたかのように。
「食べたら、答えるから! 早く、早く。ハチミツかけてね。バターは冷蔵庫にあるの?」
嬉しそうに、急いで冷蔵庫からバターを取り出すゆかり。早く食べたくて仕方ない。
「ずるいなー、ゆかりは。」
テーブルにお皿とフォークを並べて、テカテカのハチミツをバターの乗ったホットケーキにトロリとかけた。そして、大きな口で、ほおばった。ほっぺたが落ちそうなくらい美味しかった。ふんわりとしたオヤツタイムがゆっくりと流れた。おかあさんもニコニコしていた。マグカップに注がれたコーヒーの香りが広がった。ゆかりは、コップに入ったホットミルクを飲んだ。
「このホットケーキ、ちょうどいい甘さで美味しいね。この間、おばあちゃんにもらった粉?」
「そうそう、雑貨屋さんで見つけたっておばあちゃん言ってた特別な小麦粉だよ。確かにこれは作りやすい感じ。それはそうと、さっきの話の続き、教えてよ。」
「あ、思い出した?」
鬼のような顔をしたおかあさんがゆかりを、にらんでいる。
「分かりましたよー。言えば良いんでしょ。宿題は、できたよ、ほら。」
勉強机からプリントを持ってきた。今日の宿題の算数プリントだ。
「ちゃんと答えもわかるし、良いでしょう。まゆこちゃんのおかあさんから教えてもらったんだよ。」
通信教育の案内書をヒラヒラしながら出してきた。
「まゆこちゃんもこれしてるの?」
「まだ、始めたらしいんだけど、なんとか続けてるみたいよ。ゆかりはどうするの?」
ゆかりは、しばらく、消しゴムを、ぷにぷにしながら考えた。ついでにえんぴつでブシブシ刺しはじめた。この消しゴムはどうなるんだろう。
「おかあさん、タブレットってさ、学校から貸し出しされてて、毎週1回宿題出されてるでしょ? 宿題と同じような問題が出るし、練習にもなるし、大丈夫だよ。」
「そうだね。確かに勉強してるね。んじゃ、この通信教育はしなくても良いってことでいいの? やってみて、面白くはなかった? ゆかりはゲーム好きだからこういうの得意だと思ってたけど•••。」
神妙な面持ちでおかあさんは言った。どうしても、やってほしいと言う気持ちが染み出ていた。
「だってさ、これ。子どもだましでしょ? これで勉強なんていやだよ。」
本当はゲームみたいで楽しいって感じていた。夢中になってやっていた。けれども、どーしてもゆずれない思いがあった。ゆかりのその一言でおかあさんを、怒らせてしまった。
「なに、それ。子供だましって。これは、教材なんだよ! バカにしすぎでしょ!」
ぷんぷん怒って、洗面所の方へ行ってしまった。いつもイライラするとおかあさんは洗面所に行って、泡を思いっきり立てて洗顔を始める。気分をスッキリさせるためだった。
そんな時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー。」
「あ、おとうさん! おかえりなさい。」
お父さんが帰ってきてすぐにゆかりはしがみついた。何も言わずにハグをする。
「ゆかり、宿題は終わったの? •••おかあさん、イライラしてるみたいだけど。」
ゆかりはいつも宿題を遅らせて、おかあさんを怒らせるのが毎日の日課だった。おとうさんも良く知っている。状況はすぐ読めていた。
「今日、おかあさんがあたらしい勉強道具?だからって言ってもらったんだけどね。わたし、これはイヤだって思ったの。」
申し訳なさそうな顔で言った。
「なんで、イヤだったの?」
おとうさんはしゃがんで聞いてくれた。
「ゆかりね、おかあさんと宿題したいの。これは、ゲームみたいで楽しいけど、機械が話してて、おかあさんが近くにいないの。遊具で遊んだりできるのね、でも、その遊びにもおかあさんいないの。」
少し泣きそうな声で言った。うんうん聞いてくれたおとうさんは、教材の説明書をじっくりと読んでみた。どんな感じで勉強するか確かめてみた。部屋にいても、夜寝る時でもいつでも誰かがいないとダメなゆかりにとって、それはつらいものだったのかもしれないと感じた。
「ゆかり、その機械の声は、おかあさんの声じゃなかったの? 女の人なんでしょ?」
「え? •••うーん。確かにおかあさんに似てたけど、全然話し方とかちがうよ! 怒らないし!」
おとうさんは笑いが止まらなかった。笑いが落ち着いてから。
「ん? ゆかりは、おかあさんに怒られたいのか!」
「え? ちがうよー。そんなわけないじゃん。」
ゆかりは照れながら腰をクリクリ動かしながら言う。
「おかあさん! 聞いてたでしょ! そう言うことらしいよ。」
お父さんがリビングで叫んだ。廊下の影で聞き耳立ててたおかあさんが出てきた。顔がつやつやになっていた。気持ちの切り替え終わったらしい。
「それじゃ、今まで通り怒られても宿題はおかあさんとしたいってこと?」
「•••うん。あと、おかあさんが作ったホットケーキも。」
とても複雑な気持ちのおかあさんは、納得したようで、教材を使うのを諦めた。
ゆかりは、どんなに怒られてもおかあさんと宿題がしたいし、公園で遊ぶのもおかあさんと行きたいのだ。
異世界に何回もおかあさんの録音した機械音の問題を出されても、やる気が起きないし、さびしくなる。一人になってしまうことがつらい。
「おかあさんが大好きなんだもん。」
「はい、はい。」
ぎゅーーっとゆかりはおかあさんにしがみついた。これは、もう母親としての宿命だと感じた。
「んじゃ、漢字練習するよ。まだ宿題残ってるでしょ?」
「えーー、やだー。ゲームしたいよー!」
「ゲームは宿題が終わってからだよ。」
おかあさんの眉間がピクピク言いはじめている。何かをひらめいた。
「そしたら、宿題したら大きい公園連れて行くからいい?」
ゆかりはニコニコして、さらに言う。
「んじゃ、自転車も持って行こうね!」
ジャンプして、勉強机に体を向けた。
「えーー、自転車も車に積むの?」
「はい、文句言わない。宿題するよ?」
ゆかりは、お母さんの真似をして、ぐいぐい袖を引っ張った。
「それ、おかあさんのセリフ。」
「え、怒らないでー。ほらやろうよー」
ゆかりがおかあさんに抱きついた。ふと、おかあさんは思い付いた。
「そう言えば、この勉強しながらのゲームは出来ないのに、どうして、携帯ゲームはできるのよ!」
ゲーム機を指差して言う。
「だってさ、ゲームはおかあさんと喋りながらできるもん。どこまでやったかとか、聞いてくるでしょ?」
おかあさんの頭に疑問符が、思い浮かぶ。そして、思い出した。おかあさん自身もやるシューティングゲームでクリアをどこまで出来たか競い合っていた。
「あー。あれね。つまりは、共有してやりたいってことか。その勉強ゲームは一緒にやってないもんね。」
あごに人差し指をつけて考えて納得した。
「ゲームは誰かと同じ場所で一緒に見てほしいってことなんだね。やっぱり、ゆかりは一人はさびしいってことなんだね。」
勢いよく頷いた。えんぴつの芯が折れそうになっている。
「それじゃ、漢字練習しましょう。今日は何の漢字を書くの?」
ゆかりは名案を思いついたようで本棚から新しいノートを取り出した。
「ちょっと待っておかあさん、一緒に漢字練習しようよ!」
「え? わたしもするの?」
手渡されたノートを見て驚いた。何年振りの漢字練習でしょうか。おかあさんは変にドキドキした。
「どっちが、うまく書けるか勝負しようってことね? ゆかり、おかあさんに負けちゃうかもよ? いいのかな?」
引き出しからえんぴつと消しゴムを用意して、机の上にノートを広げた。
「負けるのイヤだ。私の方が上手だよ!」
「勝ったら、おかあさんがゲームするよ? さて、上手に書けるか、あとはおとうさんに見てもらおう。ね、おとうさん。」
スマートフォンを触っていたおとうさんが、ドキッとして、とっさに返事をした。
「う、うん。分かった」
「おかあさんがはなまるぐるぐるもらうもんねーだ。」
鼻歌を歌いながら、おかあさんは漢字練習を始めた。ゆかりはいつも以上に気合を入れて、姿勢良く字を書き始めた。一緒に勉強することがすごく嬉しかったのだ。イライラしていないおかあさんを見て、安堵した。
それから十分後。
「はい、できあがり!」
最初に書き終えたのは、ゆかりだった。おとうさんにすぐノートと赤ペン持って行った。
「えー、ちょっと待って。この《男》っていう字がいまいちバランス悪いんだよね。普段書かないし•••もう一回書き直すよ。あと、《竹》って字も私にはまだ綺麗に書けてない気がする。」
負けず嫌いのおかあさんも、結構本気で書いている。小学一年生のノートのマスは想像以上に大きいから上手いか下手かは一目瞭然だ。少しでも丁寧に書きたいようだ。
「おかあさん、今頑張ってる娘におかあさんが勝ったら、宿題しなくなっちゃうよ?」
「ちょっと待ってよおとうさん。本気でやらない漢字練習対決は、つまらないよ!」
「お? それもそうだな。•••今日はまじめに綺麗に書いているから、はなまるつけておくな。よく頑張った!」
ゆかりの頭を撫でで、特大のはなまるをつけてあげた。
「もちろん、私のも丸つけてよ!」
あんなに一生懸命悩んで書いた漢字を見て、おとうさんは呆れてしまった。走り書きで書いていた。
「おかあさん、そんなに字書くの嫌いだっけか?」
「え? 国語はそこまで好きじゃ無かったかな? どちらかといえば算数かも?」
上の方を見て、答えた。おかあさんは恥ずかしそうに小さくなった。
「これは、ゆかりの勝ちだな。おかあさんは一年生のゆかりより字が書けないんだな。」
満面の笑みでゆかりは喜んだ。これをおかあさんの作戦とも知らずに、まんまと漢字練習を終わることができた。後ろを向いておかあさんはガッツポーズをした。おとうさんはしっかりと見ていた。そして、知っている。昔、硬筆検定で金賞を取ったことあるおかあさんだったはずを、あえて言わなかった。そう、これは接待漢字練習だった。うまく書ける字をわざとヘタクソに書く。でも、勝負をすることで漢字練習を通常よりも二十分短縮できた。これは夕飯が炒め料理から煮込み料理に変わるくらいの劇的な短縮だ。おかあさんは願ったり叶ったりだった。これで、宿題が終わって明日の準備もバッチリだった。
翌日、おかあさんが、帰宅したゆかりにすぐに言う。
「ゆかり、宿題するよー」
この言葉が、宿題のトリガーとなる。
そして、次々におかあさんの言葉が目の前に立ちはばかる。ゆかりのミッションとして、冒険がはじまる。漢字練習一緒にするなんてもうイヤだと言い始める。次はどんな感じにおかあさんを怒らせようかなと、企むゆかりであった。
冒険しているのは、ゆかりではなく、横に座ってるおかあさんなのかもしれない。
【 おわり 】
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