ガール・ミーツ・ボーイ

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 慧子の言う『心当たり』が正解かもしれないと蘭は語る。  蘭の隣に腰掛ける慧子は『心当たりのある少年』が春休み中に新潟から越してきたこと、花梨の他に慧子と同い年の姉がいることを話した。 「あの子、新潟から来たの?」  蘭の口調が嬉しそうに弾んでいたのは、蘭の母親が新潟の学校で寄宿舎生活を送っていたという(わず)かながらの(ゆかり)を感じたからである。  この母親が非常に行動的で、()つ物好きであった。  横浜のエスカレーター式の名門女子校に通っていたにもかかわらず、雪国に憧れているからと高校進学を機に新潟の女子校、詠雪(えいせつ)館女学院の高等部を受験したのだから。 「うん。そいつの姉……清子(さやこ)って名前でサーヤって呼んでるんだけど、サーヤとは同い年で友達だよ」 「素敵な名前だね。清楚で、高貴な感じ」 「サーヤも男嫌いでさ、せっかくかわいい顔してんのに男子に対して警戒心丸出しなもんだから、早速男子が()()付いてんの」  蘭と同じだなと笑う慧子は隣に座る又従妹を見やる。  蘭はワンピースの胸元のリボンに視線を下ろしていた。  心ここにあらずとばかりにぼんやりとした蘭を気づかい、慧子は「どうした?」と顔を覗き込む。 「実はさ、このワンピース着ていた時に会ったの」  胸元の編み上げたリボンの先をつまんで、蘭は澄んだ瞳の美しい少年を思い出す。  紺色の、折襟(おれえり)の学生服を着たあの子。  あの子をかっこいいと思ったのは、凛々しい顔立ちはもちろんだが学生服が似合っていたからかもしれない。  お気に入りの、プルシアンブルーのワンピースを着た私を、あの子はどう思ったかな……。  男の子は鈍感で無頓着(むとんちゃく)だとよく耳にする。  きっと、あの子は私の服など気にしていないかもしれない。 「いい色だよな。ベルリンブルー?」  慧子が口にした色名は聞き慣れない呼称だ。 「お祖母ちゃんはプルシアンブルーだって言ってたよ?」 「どっちも同じさ。昔のドイツがプロイセンだった頃に作られた色で、猪とかの動物の血から作ったんだと。プロイセンは英語でプロシアと言ったんだ。プロシアの青でプルシアンブルーって名前がついたんだよ」  軍服も戴冠式の宝珠もプルシアンブルーなのだと語る慧子は得意げだった。 「さすがドイツ博士……プロシアの青かぁ」  蘭はワンピースのスカートを見る。  紺色といえば紺色だが、紫と灰色味を含んだ絶妙な色調。  慧子が着ているセーラー服の黒っぽい紺色とは別の紺色だ。 「このワンピース、着ていたらあの子に会えそうな気がする」  さらさらと枝のこすれる音。  白い花をつける雪柳(ゆきやなぎ)だ。  あの日も、かすかに雪柳の香りがした。  甘さと清々しさを合わせた優しい香り。  ――神様。お願い――  ――あの子に、会わせて下さい――  頭の中で何度も思い浮かべた、未だ目にしたことのない彼の笑顔。  ――会いたい――  ――あの子の、笑顔が見たい――  蘭は、一度しか会っていない少年に恋い焦がれた。  春の空を見上げて蘭は祈る。  優しいパステルブルー。  あの日はバレエ教室の待ち時間で、シニヨンにリボンをつけていた。  グレイッシュブルーの細いリボンは、春の柔らかな空の青を映したかのよう。  今日は髪を結っていないのでリボンはつけていないが、代わりに同じ色のカチューシャをつけた。 「私、行ってみる」  スッと立ち上がる。 「行くのかい?」  蘭は頷くしかなかった。  振り返る慧子は目を見開いている。  伏し目がちな、蘭の切れ長の瞳。  顔を上げれば、慧子と目の形がそっくりだと言われたものだ。 「もう、待てない。慧ちゃん家の前で張り込んでくる!」  黒く染まった夜の湖にも似た黒い瞳に宿る、硬質な輝き。  蘭の決意に、慧子もまた頷くしかなかった。
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