プルシアンブルーの少女

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◇◇◇  それからの数日間は慌ただしかった。  清子(さやこ)の制服の採寸に福島駅前の百貨店に行き、一哉も小学校の制服を(あつら)えた。  銀色のビル街が目立つ新潟市内ほどではないが、福島市街地もそこそこ栄えているように見えた。  百貨店の外観をはじめ、至るところに昭和中期~末期の面影を残す街並みが味わい深くて気に入った。  道行く人はマイペースでのほほんとしているが、肩がぶつかれば「あ、すみません」と申し訳なさそうに声をかけてくる。  礼儀正しい人が多いのか。  そして、駅前の交差点にて修道女とすれ違ったこととキリスト教の教会が至るところに点在していることにも驚いた。  果樹栽培が盛んで、夏は(いた)みかけの桃が安く手に入り、秋は梨とブドウ三昧(ざんまい)。  サクランボは無人販売がリーズナブルな値段で狙い目だ。  桃は傷みかけが一番うまいと慧子から聞けばワクワクした。 ◇◇◇  小学校では早速友達ができた。  合田(ごうだ)康範(やすのり)といい、同じ日に同じクラスに茨城県の勝田(かつた)市(現在のひたちなか市)から転入してきた彼とは校長室での挨拶の時には既に意気(いき)投合(とうごう)した。 「しっかしお前の苗字って言いにくいよなぁ。前の学校にカズヤって名前のやつがいて紛らわしいしさ、お前んこと飛鳥と呼んでいいけ?」  小学生ながらに合田は野太い声である。  転校生にして合田はクラス一、(いな)、学年一の大柄な体躯(たいく)を誇ることになった。  男子小学生の制服にハーフパンツが普及していない時代。  ショートパンツの制服は合田の立派な太ももを強調させ、見ているだけで寒々しい。 「あ、うん。俺、前の学校でも飛鳥って呼ばれてたよ。ゴウダ、この辺で川ってある?」 「えー。川なんて知らねえよ」 「悪い。ゴウダも来たばっかだよな。俺さぁ、川が見たいんだ。新潟って日本一長っげぇ信濃川っつう川が街ん中を流れてるのよ。そりゃあもう川幅が広いんだっつーの。今頃は桜がきれいなんだ。桜咲いてる川縁が恋しいのよ」  通りすがりの男子が足を止めて「川?」と聞く。  クラスの男子で最も背が低いこの少年の名は浜津陽一郎といった。 「それなら荒川と松川があっぺした。えーと、飛鳥とゴウダ? 川でお花見したいのかい?」  浜津の風貌(ふうぼう)は小猿、またはリスに似ており、ハリネズミさながらの尖った短髪がしっくり馴染んでいる。  小柄な男子特有のキィキィした声で、浜津は耳寄りな情報を二人に提供する。 「行くなら松川の方が近けぇよ? 放課後一緒さ行くべ」 「えー、いいの? ありがとね浜津君」 「どういたしまして。ハマちゃんでいいよ」 ◇◇◇ 「橋の上から見る感じでいいかい?」 「オッケー」  その日の放課後に一哉は早速合田と浜津と松川の桜を見ることにした。  桜がまだ残っていたら週末に宴会ごっこでもするかと浜津が提案し、一哉と合田は即決でオッケーを出す。 「隣の小学校だよ。ずいぶん古いべ? あ、ここのシュークリームが旨いんだで」  隣町の駅を通りすぎるとレンガと鉄筋コンクリートを組み合わせた古びた校舎が見え、浜津が隣の校区の小学校だと教えた。  道路をはさんだ真向かいには洋菓子店があり、歴史のある洋菓子店だと浜津は言う。 『隣町に住んでてしょっちゅう私ん家に来るんだ』  数日前に慧子(けいこ)と交わした会話を思い出した。 「ハマちゃん。うちの学年に『らん』って名前の女子いない?」 「『らん』なんて名前の女子はいねえよ?」 「慧ちゃんの(また)従姉妹(いとこ)いないんだ。じゃあこの学校にいるのかな」  あくまでも独り言のつもりなのだが、突然糸目をかっ開いて血相を変える浜津に一哉は驚く。  興奮気味に、浜津は早口でまくし立て始めた。 「慧ちゃん!? 慧ちゃんって言った!?」 「慧ちゃんって橋本さん家の中学生? 俺ん家の斜め向かいに住んでるけど?」 「そうだよ! 慧ちゃんってうちの学校じゃ有名だでぇ! ただでさえ外国から来たっつうだけで注目の的なのによぉ、超ド級の美人だからうちの学校のやつらはみんな知ってんの。慧ちゃんかぁ、女だけどマジかっこ良かったでぇ」  俺の感心は『らん』にあるんだけど……各々(おのおの)、異なる少女に感心を向ける一哉と浜津。  その様子を面白そうに眺めるは合田だった。
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