プルシアンブルーの少女

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◇◇◇  あの子は自分より頭半分ほど背が高い。  清子(さやこ)と同じくらいの背丈か。  (いな)、清子より少しばかり高いように見えたので中学生かもしれない。  プルシアンブルーの少女のことを清子に聞くのは気が引けた。  そんな子は知らないと一蹴(いっしゅう)されるか、冷やかしを喰らうかのどちらかだ。  だからといって、慧子(けいこ)に聞くのも気が引ける。  それなのに、あの子が、プルシアンブルーの少女がどこの誰かを一哉は知りたかった。 ◇◇◇  一哉は非常にわかりやすい少年だ。  転校早々、(またた)く間に『転校生が(こい)(わずら)いした!』と噂になった。  転校当初はハキハキと受け答えることができていたのに腑抜(ふぬ)けた口調になり、休み時間の毎に頬杖(ほおづえ)をついてぼんやりするか突っ伏すように机に顔を乗せる。  クラスメートに「具合悪いの?」と聞かれても上の空だった。  赤青鉛筆の藍色部分に『PRUSSIAN BLUE(プルシアンブルー)』と彫ってあることに気づけば、ひたすらに文字列をぼんやりと眺めつつプルシアンブルーの少女の(まなこ)(きら)めきに思いを()せている。  そのうち、人をからかうことを生き甲斐としている悪趣味な女子が 「やーだぁ~。あんた恋でもしたんでねぇのぉ~?」 と、(はや)し立て、焦った一哉は顔を真っ赤にしながら全力で否定し出したのでクラスメート一同に知れ渡ることになったのだ。 ◇◇◇ 「ゴウダくぅ~ん、恋したことある~?」  (だい)休憩(きゅうけい)という名の中休みに外に出たは良いが、一哉は校舎の壁に背をつけて座り込んだままだ。  元々、キリッとした顔つきの一哉。  紺色の、真新しい折襟(おれえり)の学生服がよく似合い、前時代的なデザインの制服は彼の目鼻立ちの凛々しさを引き立てた。  転校初日に校長から「男前だね」と褒められた彼が腑抜けている様は、教員達からも目も当てられない有り様と心配された。 「なんだよ君付けって。恋したことはねえよ? ハマちゃんよぉ、飛鳥の(こい)(わずら)いの噂って本当なのけ?」 「相手が他の学校の子だとか、中学生かもわがんねってよ。他の学年のやつらにまで噂さっちいよ」  浜津の言うとおり、一哉が恋煩いをした噂は尾ひれを広げて学年の垣根を越えて蔓延(まんえん)した。  昨日は、名前すら存じない六年生達から「頑張れよ! 信濃川一哉くん!」と応援を兼ねた冷やかしを受ける始末だ。  同時に、新潟から来たという安直すぎる理由で六年生達の間で信濃川と呼ばれていることを知った。 「たぶん中学生ぐらいだと思うけど、わかんないんだよ。あの子がどこの誰かも」 「どこで会ったんだよ?」 「松川の桜の下」  パステルブルーの春の空を見上げ、焦点の定まらない眼差しで一哉は答える。 「ずいぶんロマンチックな出会いをしたんだね」 「また松川さ行ってみろよ。ところで、その子かわいいのけ?」  なぜか合田が色めく。 「かわいいっつうよりは美人。しかもただの美人じゃないぞ? 雪のような感じ」 「雪のようなって言われてもわがんねえべしたぁ」 「降ったばかりのまだ足跡もついていない雪景色を見た時、胸のあたりがスーッとならない? あの子を見たらそんな感じしたんだよ。  笑ったら笑ったで、早朝の雪景色が光でピンクに染まった様子を見た時のような気持ちになったの。  紺色の服がすごく似合ってて、団子にした髪の毛につけたリボンがたなびいて、頭身高くてスタイルが良くてバレエやってそうな子だったなぁ」  こまっしゃくれてそうだな、と言う合田を浜津が軽く叱った。 「ゴウダぁ、友達の好きな女にケチつけんなで」 「それにしても飛鳥のやつ重症だわ。早くなんとかした方がいいな」 「でも、どこの誰かわがんねんだべ?」  話し込む三人に近寄る足音。  まずは浜津が上を見る。  続いて、合田が顔を上げた。  関わりはないが、隣のクラスの女子だとは存じている。  一哉の視界の片隅に紺色のジャンパースカートの裾がちらついている。  女子が来たか……と、うっすらとわかった。 「アホ、中学生が小五のガキ相手にすっか?」  女子児童が唐突(とうとつ)にきつい言葉を投げかけたので、すかさず浜津と合田が擁護(ようご)に入る。 「おいおい、言い過ぎだで……」  飛鳥のやつ弱ってんだから優しくしてやれで、と困り顔の浜津。  下がり眉の眉尻が更に下がっていた。 「そうだよぉ! お前言い過ぎだよぉ!」  立ち上がりながら強気な態度に出る合田に(ひる)むことなく、女子児童は冷たく言い放つ。 「だってそうだろ? 中学生から見たらガキでしかねえべした。じゃあ、あんたら三年のガキにときめくのかい?」 「いいえ、ないっす」  合田と浜津が自信なさげに答えると吐き捨てるような物言いで「そういうことだよ」と残して女子児童は(きびす)を返す。  トゲトゲしい態度を取る者は男女問わず一哉は苦手だ。  普段ならばお得意の屁理屈で応戦できるが、(こい)(わずら)いで弱っている今は打ちのめされるほかなかった。 「なんだよあいつ? あんなきつい性格ブス願い下げだ」  合田が地団駄しながら憤る(かたわ)らで、半ば放心状態の一哉に浜津が戸惑いつつ気づかいの言葉をかける。 「早く見つかるといいね、君の好きな人」
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